エマニュエルとの共同生活はそのようにして始まった。
共同生活とは言っても実質は広壮な離宮の一角でのエレノールと彼女との閉ざされた蜜月であり、
しかも詩の朗読やらレース編みやら鉱水への入浴やらルイーズのための人形選びやら、
朝から晩まで女子どもが好きな営みに終始しているので、
アランなどは食事の席を除けばほとんど義妹との接点もないほどだった。
それはいいのだが、妻ともめったにふたりきりになれる場がないとなるとやはり不満は募ってくる。
たまにその機会をとらえると、彼はつい揶揄のひとつも言いたくなるのだった。

「よくもまあ、四六時中一緒にいて飽きないものだな」
「ごめんなさい。―――妬いていらっしゃる?」
申し訳なさそうに、だがほんのりと可笑しそうにエレノールが言う。
まったくはずれでもないだけに、アランの口調は却って無愛想になった。
「妻の実妹になど誰が妬くものか。
 ただ、生まれてからずっと一緒に育ってきた年子の妹とこれ以上何を話すことがあるのかと訝しく思うだけだ。
 寝台まで共にしてな。女はよく分からん」
「こちらに嫁いで以来ずっと離れ離れだったのですもの、積もる話は山とございます。
 あなただってマテュー殿ご帰京のおりは、ご兄弟ふたり水入らずで同衾なさりたかったらお止めしませんわ」
「気色悪いことを言うな」
本気で眉をしかめた夫を尻目に、エレノールは口元を押さえつつ笑いを噛み殺しきれぬまま妹の待つほうに歩き去ってしまった。
やれやれ、と小さく息を吐きながらアランはその背を見送る。
(朝から晩までマヌエラ、マヌエラか)




しかし自分で許諾した以上、それは受け入れるより仕方のないことだった。
エマニュエル妃を離宮に迎えて以来、アランは夜を書斎で過ごすことが多くなった。
都の王宮に劣らぬほど広い夫婦の寝室をひとりきりで使うのは当初は新鮮な気もしたが、
次第次第に侘しさがつのってきたからだ。
一年に数週間しか滞在しないとはいえ、離宮の書斎もなかなかの蔵書を誇っており、
なおかつチーク材を贅沢に用いた部屋全体が涼やかで過ごしやすいため、
書棚の間に置かれた長椅子で夜を明かすことは、徐々に慕わしくさえ思えるようになってきた。
(あと何日だったか)
エレノールに悪いとは思いつつも、義妹の出立までに残された日数をひそかに数えつつ、
アランは日干しの匂いがする古書の頁をくくるのだった。




その晩もやはり同様に過ごすつもりだった。
最後の衛兵に見送られて回廊の角を曲がったそのとき、アランはふと足を止めた。
あと数歩でたどり着くはずの書斎の扉から、生糸のように微かながら一条の明かりが漏れている。
決して小規模ではないレマナ離宮とはいえ、
衛兵の咎めを受けずに王太子の私的空間へ立ち入れるのはひとりしかいようはずがない。
彼女がこんな時刻にこんな場所で己を待ち受けようとする意図は掴みかねたものの、
アランはついつい早まる足取りを抑えることができなかった。
敲く暇さえ惜しまれて扉を一息に開けると、彼の視界をまず覆ったのは部屋の中央から円心状に広がるほのかな光だった。
暗がりによく目を凝らせば、その源は樫の文机の上に置かれた三叉の燭台であり、
さらによく見ればそのうちの中央の枝のみに立てられた小さな蝋燭である。
そしてその傍らには華奢な人影が佇み、慎ましい静寂のうちにこの部屋の主人を迎えいれた。

アランも何も言わなかった。
厚く敷かれた絨毯に足音を沈み込ませて近づくと、ただ彼女をゆったりと抱擁し、そのままそこに立ち尽くした。
湯浴みを終えたばかりなのだろう、艶めかしいほどに潤いを含んだ黒髪にゆっくり顔をうずめると、
焚きしめられてまもない白檀の香りがいつにも増してかぐわしく鼻孔を突いた。
こうして二人きりで触れ合うのはたかだか数日ぶりのことだというのに、
アランにはなぜか、かつて政務のため都を数週間から一月ほど留守にした折よりもさらに胸が満たされる思いがした。

誠に大人気ないことではあるが、この静閑な離宮に到着してからというもの、
妻の注意が専ら久方ぶりに再会した妹と慣れない環境にむずかりがちな幼い娘に向けられていることに、
自分で思う以上に寂寥を募らせていたのかもしれない。
そう思い至るとアランはひとり微苦笑し、腕のなかのやわらかな頬に手を当てて顔を上げさせると、
彼女の側の意向を確かめるようにそっとその双眸を覗きこんだ。
エレノールの美貌の中心をなす大きな瞳は儚げな蝋燭の光を宿しつつもますます深みのある黒さを帯び、
夫のあらゆる望みに応える用意があると告げるかのように、従順なまなざしで彼の視線を受け止めていた。

だが一方でその瞳の奥に、どこか緊張を孕んでもいた。
その事実に気づくとアランは、訝しさよりもむしろ愛おしさと情欲とが累乗的に募ってくるのを感じた。
生娘のそぶりとは初々しいことだ、と戯れかかりたくなるのを堪えつつ、手すさびに黒髪を梳いてみる。
エレノール、と初めて名を囁くと、抱きすくめられたままのしなやかな肢体はまなざしと同様にかすかな硬直を示した。
けれどそれさえも夫の目には違和感となりえず、人並みならぬ貞淑さゆえのためらいと恥じらいの結実と映った。

ふたたび妻に顔を近づけ、今度はゆっくりと唇を重ねる。
最初はいくらか強張りを感じたが、じきに彼女の唇からも力が抜け、
喘ぐような吐息とともに無防備な口腔が明け渡された。
愛撫に対してひたすら従順で受け身がちな態度は以前と変わるところがないが、それさえもかえってアランの満足を促してゆく。
けれど、妹姫に勧められてエレノールは就寝前に東方産の茶でも嗜むようになったのであろうか、
久しぶりに絡めあった柔らかな舌は、ほんのりとジャスミンの香りがした。




ごく自然な流れで妻の寝衣の帯に手をかけると、彼女は一瞬だがはっきりと身震いをみせた。
それはアランには理不尽な翻意としか思えぬものだった。
「寝室以外の場で営むのはそれほど嫌か。そのつもりでここを訪うたのだろうに」
エレノールは答えなかった。
妙だな、とアランは初めて動きを止めた。
いつもなら妻は必ずこのあたりで、己の羞恥心を嬲りものにせんとする夫の非礼に顔を赤らめながら憤りの声を上げるものなのだ。
アランのなかでふいに不安が芽生えた。
たしかにエレノールは、妹姫と再会を果たしたその晩、
ここレマナ離宮に滞在する間はエマニュエルとの時間を優先させていただきたいとアランに請い願い、彼もそれを了承したのだ。
夫婦の間の口約束とはいえ、それを忘れるべきではなかった。

「寝室で待つ妹御のことがやはり気になるか。
 無理もないことだが、―――だが、俺はやはりそなたが欲しい。
 しばしのあいだ肌を許してはくれぬか。情事の跡は極力残さぬように気をつけると約束する。
 そなたとて、接吻だけで満たされるわけではあるまい。
 それとも、就寝前のくちづけのためだけに俺に会いに来たのか」
それでも妻から返事はなく、広々とした書斎は彼自身のことばの余韻を漂わせるだけだった。

どこかに苛立たしさと不明瞭感が残ったが、アランはついに折れた。
ただ肉の欲望に突き動かされて交合を求めている、そのように思いなされるのは決して望むところではない。
「―――そなたが厭うことはするまい」
短くそう呟くと、今はこれで満足しよう、とでも告げるかのようにふたたび彼女の華奢な腰を強く抱き寄せ、
その黒髪や首筋や肩にゆっくりと接吻を降らせた。
そのときふいに、エレノールが面をあげた。彼女は依然として無言だった。
ただしその煌々たる瞳にはもはや緊張の色はなく、
連れ添って四年になるアランをして思わず瞠目せしめるほど挑発的な艶めかしさを、怖じることなく放っていた。
エレノール、とこちらから呼びかけるその前に、既に細い指先が頬に伸ばされ、
顔の輪郭を、そして唇を優しくなぞり始めるのをアランは感じた。
いらして、と聞こえたような気がした。
それは後で考えれば、彼のなかで情動の舫が解かれるのと全く時を同じくしていた。




妻に手を引かれて促されるがまま、アランは文机と対になった樫製の椅子に腰を下ろし、膝の上に彼女を横向きに座らせた。
見た目はごく華奢だとはいえ、彼に重みを預けた臀部の丸みと触感は、改めて子をなした女を感じさせた。
肩を抱き寄せて唇を重ねると、ついで頬、耳たぶ、顎、首筋、鎖骨へと徐々に軌道を下げてゆく。
就寝前の着替えは妹姫の侍女に手伝わせたものなのか、胸元を締める紐がやや見慣れない形式で結われていたが、
さほど入り組んでいるというわけでもなく、彼はじきにそこを突破した。
肌着まですっかり剥ぎ取ってしまっても、
彼女はもはや夫の手から逃れようとするそぶりも見せなかった。
淡い灯火のなかで目を細めれば、小ぶりながら形のよい乳房の頂点が屹立していることははっきりと分かった。
両手の親指をあててそこをこね回してみると、花弁のようなくちびるからはジャスミンのかぐわしい吐息が漏れた。

「触れる前からずいぶん硬いようだ。そなたも欲していたのだな、そうだろう?」
「アラン……あ、そこは、い、いやっ」
「ここも確かめねば意味がなかろう。
 やはりすっかり濡れている。もう指を二本もくわえ込んでいるぞ。分かるか?」
「だめ……かきまぜないで……っ」
「つぼみも大きくなってきたな。ふだんよりさらに敏感なのではないか?
 ほら、望みどおり剥いてやる」
「い、いやぁっ!そこは、だめぇっ!」
「なんという濡れようだ。もうまもなく達しそうだな。どうだ、指だけで果てたいか」
「い、いいえ……指だけでは、だめ……」
「ならばどうしてほしい。今度こそ黙るのではないぞ」
「あ、あなたの、……ものが、ほしいです」
「大きくて硬いものが、だろう?この間の晩は涙ぐみながら何度となく俺にそうねだったではないか」

あなたがわたくしにそう言わせたのです、という憤慨に満ちた声が返ってくるかと思ったが、そうではなかった。
愉悦に流されまいとする恥じらいに満ちた表情は予想通りだが、唇のほうは何かを言いかけてはまた閉じ、
しかし結局、夫の耳元で素直に問いに答えた。
「はい、……あの晩のように、あなたの大きくて硬いものを、わたくしのなかに、ください」
「今夜はずいぶん素直ではないか。よほど飢えを募らせていたのだな」
「飢えだなんて……」
「そなたの本性が牝犬と変わらぬことはよく分かっている。
 ひとたび欲情すれば前から後ろから責められないかぎり我慢できない女だ。そうだな?」
「はい、―――わたくしは、あなたの、め、牝犬です。ですから指だけではなく、どうか、―――はあぁっ!」

とぎれとぎれに熱い息を漏らしていたかと思うと、エレノールは突然重心を失ったかのように夫の肩にしがみついた。
たったいま一瞬のうちに身体を持ち上げられ、屹立した陽根の先端を濡れそぼった秘裂に押し付けられたのだ。
これ以上深いところまで欲しかったら自分でまたがれ、といわんばかりの残酷な仕打ちに
彼女は慄くように瞳を閉じたものの、火照りきった肉体のほうはごく素直に夫の要求に従い、
自ら腰を動かしては淫猥な蜜音を書斎中に響かせつつ、彼自身をゆっくりと根元まで飲み込んだ。
「あ……ああっ……熱い……」 「いい子だ。今夜は驚くほど素直だな」
「は、はい、―――ご褒美がいただけて、うれしゅうございます」

アランもこのころにはさすがに呼吸を乱さないわけにはいかなかった。
柔らかく温かい襞の中に自分自身が深く迎え入れられていくという触感的な愉悦ももちろんだが、
数日ぶりに肌を重ねる目の前の妻が羞恥心と戦いながら細い腰を前後に激しく揺らし、
それに伴い愛らしい乳房と硬いままの乳首を悩ましく上下させては
高まりゆく快感に涙ぐむのをじっとこらえているという光景そのものが、彼の興奮を否がおうにも煽り立てるのだった。

「今夜の腰使いは、また大したものだな。玄人女にでも教えられたのか」
「ち、ちが……何もかも、あなたにお喜びいただくために、わたくし……あ、あぁ……っ」
「可愛い女だ。だが俺のためと言わず、そなた自身の満足のためにいくらでも貪るがいい。この淫乱め。
 俺も貢献してやろう」
荒い息でそう言うと、アランは妻の細腰を両手でしっかりとつかみなおし、下から猛然と突き上げ始めた。
「あ、あぁっ……いやっ、そんなに激しく、だめぇっ!」
「激しく責められるのが好きなのだと、今まで何度となく身をもって告白したではないか。
 いまさら隠そうとして何になる」
「い、いやっ、許して、もう……あ、あぁっ…そんなに、奥まで……
 あ、ああぁっ!そこ、です……っ……もっと、もっと突いて……」
「この辺りも感じるようになったのか」

女はいくらでも目覚めてゆくものだな、と嬲るように囁きかけたとき、アランはふと動きを止めた。
腰の反復運動だけでなく、表情や呼吸さえも彫像のように凍りつく。
彼の視線の先にあるのはエレノールの首、正確には顎の裏側だった。後ろにのけぞったときに初めて人目に触れる部位である。
そこはほかと変わらず滑らかで艶のある肌に覆われている。だが一点だけ彼には見慣れぬ符号―――大きめのほくろがあった。
最初は黒の顔料がこぼれたものかと思われたが、それが気休めの考えであることは自分自身で分かっていた。
これはほくろだ。そしてエレノールにはこのほくろはない。




アランは目をつぶった。
これが数分前ならまだ中断できたが、砂丘に打ち込まれた楔のように深いところまで結ばれた今になっては
引き返そうと続行しようと犯した過ちの重さは同じだ、と彼には思われた。
肝要なのは、最後まで「気づかなかった」ことにすることだ。今はそれしかない。
動作を停止してから一瞬のうちに対処を決めると、
彼はもはや呼吸が乱れすぎて何も言えないというかのように、ただ無言で『妻』のきつく締まった花芯を突き上げ始めた。
彼の背中にまわされた細腕の力が強くなった。
胸の中の美しい牝は、ここで息絶えようと惜しくないとばかりに彼から与えられる愉楽をただただ素直に享受し、
自らもいっそう激しく腰を前後に揺さぶっている。

そしてある瞬間、アランは『妻』の身体を持ち上げて荒々しく引き剥がした。
彼女はひどく切なげな声を上げてその無情に抵抗したが、
やがて自らの平らな腹部に放たれた白濁液をいとおしげに指先にとり、
まだ熱いままのそれを舌先で上品に舐めるようすが、薄れゆくアランの視界にもはっきりと映った。




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