木立が風にそよぐかのような静けさで扉が叩かれたかと思うと、返事を待たずに華奢な人影が書斎に忍び入った。
部屋の窓際、燭台の据えられた文机に近づきながらその輪郭は徐々に明確になり、
その影はますます濃さを増していった。
「こんばんは。―――起きていらっしゃって、よかったわ」
混じりけなき安堵の吐露かと見紛うばかりの微笑をこぼしながら、
エマニュエルはアランの前に現れた。
今夜も薄手の絹の寝衣一枚をゆったりと身にはおり、豊かな髪を背に下ろしたままの姿である。
ただ黒い瞳だけが、いつにもまして鮮やかな生気を宿しながら炯々ときらめいている。
そして二日前と同じく文机に向かって沈黙を守りつづける義兄の顎に手を伸ばし、
かろうじて怒りを押し殺しているその無表情な顔を優しくなだめるように嫣然と見下ろした。

「今日は書き物をしておいでなのね。紋章入りの封筒ということは、都のご親族へのお手紙かしら」
アランは義妹を一瞥しただけで答えずに脇を向いた。
しかしそんなそぶりさえ見るのが愉しいとでもいうかのように、エマニュエルは微笑を保ちつづけている。
「昼下がりはもちろん、朝方とてともに遊戯を楽しんだ仲だというのに、相変わらず冷淡でいらっしゃること。
 あの遊びと同じくお義兄様に一興をおぼえていただけるよう、今夜は趣向を凝らしてみようと思い立ちましたの」
「趣向だと?」
「ごらんになって」

エマニュエルが取り出して見せたのは、筒状に丸めた白い布だった。
か細い指にゆっくりと留め紐をほどかれながら、布は徐々に下方へ広がり落ちてゆく。
灯火のもとで目を凝らしてよく見れば、どうやらそれは巡礼者の被り物に似た質素な亜麻織りだと判ぜられたが、
四隅に配された二種類の精緻な刺繍―――ガルィアとスパニヤ両王家の紋章が、その着用者が余人ならざることを告げていた。
「―――それは、今朝がたルイーズが」
「ご明察です。聖リュシアン様の祠で、あの子がくるまれていたショールですわ」
「何のために、そんなものを」
「どうかお気を急かれませぬよう。素敵なことを教えて差し上げますわ。
 姉様はおそらくこれを大事にしまっておいて、あの子の花嫁衣裳の裏地の一部に用立てるおつもりでしょう。
 我が国では昔から、生まれて初めての聖地参詣で身につけた服飾品は、異国に嫁ぐのであれ諸国を遊学するのであれ、
 生涯身辺から離さず携えるべきだと信じられておりますの。
 そうすることで、人生で最も罪から遠い時期に聖人聖女より賜った無条件のご加護を、とこしえのものにできるのだと」
「一体、何のつもりだ」
「まあお義兄様、怖いお声。さように訝しがられることはありませんわ。
 ―――今夜はこれを敷いた上で、わたくしを抱いてくださいとお願いしたいだけ」
「馬鹿な!」
「あら、馬鹿げていて?格別の趣きがありませんこと?
 あの愛くるしいルイーズが生まれて初めての巡礼地で身を包んだこの布、あの子自身とともに祝福の鉱水を降り注がれたこの布の上で、
 ―――そしてあの子が生涯で最も神聖な誓いを交わす日の証人となるこの布の上で、
 実の父君が母君の妹と身体を重ね、情欲の雫を滴らせるのですもの。何と皮肉なことかしら」
「貴様、ふざけるな」
「口の利き方にご注意あそばせ。
 あなたは仮にも一国の王太子殿下ではありませんか」
「ならばそなたは王女の身に生まれついた淫売だ」
「結構な響きですこと。
 そしてあなたは淫売の意のままにならねばならないのね。
 おいでになられませ」
エマニュエルは文机に向かったままのアランに向かい、指先だけで招く仕草をして見せたが、彼は動かなかった。

「お義兄様ったら」
聞き分けのない幼子をあやすような口調で義兄に語りかけながら、エマニュエルは彼の背後に立ち、広い肩に指を這わせた。
アランは反射的にその手を払いのけた。
「やめろ」
「何かご不満があって?
 とても独創的な趣向だと思いましたのに」
「俺には、できない」
「まあ、どうして?」
「そなたこそよくも肉親に対してこれほど冒涜的なことを思いつけるものだな。
 ルイーズやエレノールに対してだけではない。聖リュシアンにも、祭壇の前で誓約を捧げる神に対してもだ」
「案外敬虔でいらっしゃるのね。聖域へ参拝されたばかりの御身だからかしら」
「そなたとて同様であろう。畏れを思い出すがいい」
「涜神的だからこそ、興奮するでしょう?」
その声の涼やかさにぞっとしながらアランは後ろを振り返った。
エマニュエルの顔には何の曇りも卑しさもなかった。
ただ確信を物語る微笑だけがあった。
心の底からそれを信念として奉じているというように。

「―――そなたは狂女だ」
「狂女でいいわ。お義兄様、あなたと寝たいの。
 すべてを手にしている姉様から、ひとつふたつ奪ったとて罪にはあたらぬでしょう?
 姉様の幸福の源たるあなたを、責め苛まずにはいられないの」
エレノールと瓜二つの黒い瞳には燭台の火だけが揺らめき、その奥には何も見えなかった。
もしもここで同衾を拒みとおせば、この女は今すぐにでも自らの服を引きちぎって悲鳴をあげ、
駆けつけた衛兵や姉姫に義兄の狼藉を涙ながらに訴えるであろうことがアランにははっきりと分かった。
狂信者に迷いはない。
彼はいまそれを真理だと思った。

「ありがとう存じます、お義兄様。
 あなたならきっと『いもうと』のわがままを聞き入れてくださると思っておりましたわ」
長い沈黙の後、アランがほとんど機械的な動作で文机の前を離れショールが敷かれた床に横たわるのを見届けると、
エマニュエルは嘲るように言った。
アランは目を閉じた。
正面からこの女の顔を見据えつづけていたら、妻と全く同じ眉目とはいえ、殴打せずにいられる自信がないと危惧したのだった。




まもなく女のたおやかな手が自分の帯にかけられたことをアランは知った。
その手際はいつものように滞りなく巧妙で、肌着の下から彼自身をとりだすまでに時間はかからなかった。
女の側からこれほど積極的な挙に出てくる場合、健康で年若い彼の牡は本来ならすでに猛り狂っていて当然のはずだった。
だがエマニュエルのなめらかな繊手に握られたそれは屹立の兆しもみえない。
目を閉じていてもアランはそれを自覚していた。

「お義兄様、どうなさいましたの。お元気がないみたい」
心配するような声で尋ねながらも、その実エマニュエルはさして困ったふうでもなかった。
「激務で疲れておいでなのね。
 わたしが、慰めてさしあげますわ」
その声の余韻が宙に漂っているうちに、柔らかく温かい舌が裏側を這いはじめ、彼の根元から先端まで、ゆっくりと焦らすように上ってゆく。
すでに十日近くアランの肉体を愛撫してきたその舌は、
彼の生理的感覚を知り尽くしているかのように裏筋を舐め上げ、亀頭の周囲に何度となく円を描いた。

徐々に自身の硬直が始まるのがアランには分かる。むろんエマニュエルはすぐに気づいたことだろう。
早くも滴り始めた先走りの液を指にとり、義兄の視界に納まるように顔を上げると、その指を口に運んでゆっくり舐めてみせた。
「やっぱり我慢できなかったのね、お義兄様。
 ほら、こんなにたくさんおこぼしになってしまわれて。
 とても美味しいですわ。貞操堅固なお義兄様がようやくわたしに発情してくださった、その証ですもの」
「だま、れ……」

苦渋に満ちた義兄の呟きなど意にも介さず、
彼女は隆起した彼の下腹部にふたたび顔を近づけ、甘露を吸いつくしたがる蝶のように丹念に舌を動かし始めた。
硬直しきった幹の周りをすみずみまで濃密に舐めつくしたあと、
頂にたどりついた愛らしい唇は迷うこともなく亀頭を包み込み、
今度は上から下へと下がってゆき、また上がってはまた下がった。
その運動が小刻みになるにつれ、先走りの液と温かい唾液の混ざり合う音がますます卑猥に灯火の下に響き、
アランの呻きを抑えがたくする。
それを察したエマニュエルはもはや十分に準備ができた牡を口から放し、義兄の耳元へ顔を近づける。

「お義兄様ったら。今さら我慢してどうなりますの?あなたの吐息をどうかお聞かせくださいませ。
 殿方の荒ぶる呼吸を聞かせていただくのがわたしは好きですの。殊にあなたのそれはとても好ましく存じますわ。
 抑制が効いていて、切なげで、官能的で、でもどこか雄々しくて。
 ねえ、聞かせて?」
無力な嬰児に対するようにこの上なく優しく囁きかけながら、
エマニュエルは自らの帯に手をかけ、襟を開き、やがて生まれたままの姿になった。
かぐわしい黒髪に覆われた小麦色の滑らかな素肌、小ぶりだが上向きの乳房、花弁のような薄紅色の乳暈、
なだらかな腹部、足の付け根を隠す淡い茂み
―――姉姫と全く同じ造形をそなえた、甘美な夢そのもののような肉体が彼の眼前に露わになる。

そして彼女は床に片膝を突きながら脚を開き、アランの下腹部の上にゆっくりと腰を落として彼を迎え入れた。
秘所は温かくやわらかく、あたかも剥いたとたんに蜜を滴らせる旬の果実のようにすでに十分すぎるほど潤っていた。
エマニュエルはそれを強調するかのように、
少女のような細腰をあられもなく下方へと突き動かし、卑猥きわまりない水音をふたりの接合部分から響かせてみせた。
そのすべてを無機質な雑音として聞き流すよう、アランは心を遠くにやることに努めたが、
それでもやはり、浅ましい興奮を煽られかけている己を感じないわけにはいかなかった。
「お義兄様、聞こえていて?
 触れていただく前から、こんなにも濡れておりましたの。
 あなたを犯すのが、あなたのもので貫かれるのが待ちきれなかったせいですわ。
 あなたの、硬くて大きな、太いものが、こんなに、待ち遠しかったの。
 ああっ……すごい……すごく、熱い……」

義兄の顔を上から傲然と見下ろしながらも、エマニュエルは押し寄せる快感の波に耐えられなくなるかのように、
ときおり目を瞑っては大きく背中を後ろにそらし、彼の頭上で形の良い乳房を、そして硬く尖った乳首を激しく揺らした。
その吐息はアランと同様に、もしくはそれ以上に熱く荒く乱れ始めていたが、
それでも彼女はゆったりとしなやかに腰を使い、陶酔に溺れそうになる漆黒の瞳をかろうじて開きながら、
顔を背けようとする義兄の眼を強いて覗き込み、迷い子を導く天使のように切なくも甘やかな声で滔々と囁いた。

「ねえ、お分かりになって?
 お義兄様は、もう、『いもうと』のなかに、根元まで、すっかり入ってしまわれましたわ。
 あなたの大切な妻の妹と、深いところまで、つながってしまわれました。
 お義兄様のもの、いつも以上に、硬くて、太くて、素敵……
 ほら、もう、……奥まで、当たってしまう……すごい……
 もっと、もっと突いてほしいの……ああっ……そこ、もっと……っ」

口調の優美さはどこまでも保ちつつも、エマニュエルの吐息は確実に艶めきをましてゆく。
アランはもはや、それを無視できなかった。
玩具のように犯されているという屈辱感に身を焼かれる一方で、彼のなかでは何か御しがたいものが頭をもたげてゆく。
与えられるがまま触覚と聴覚が満たされれば、次は視覚へと、叶えられることが分かっている欲望は拡大せずにはいられない。
彼はついに自ら視線を動かし、彼女の顔を見上げてしまう。
その瞬間に、深く悔やむ。
エレノールと寸分も変わらぬ深い色の瞳が、熱い潤いを帯びてその色をいっそう深くしながら、
慈しむような憐れむようなまなざしで、こちらを優しく見下ろしていた。

「ようやく、見てくださったのね……お義兄様」
「……っ」
「わたしの、かわいいお義兄様……強がらないで、よろしいのに……
 ほら、わたしのなかで、こんなにも強く、脈打っていらっしゃる……いやらしい……
 あんなにいやがっていらしたのに……いまはもう、こんなに、興奮して……
 妻の妹に犯されながら、そんなに、感じてしまわれるのね。
 ほら、また、はっきりと脈打ってらっしゃる……本当に、いけないかた……」
「……っ……だま、れ……」
 そろそろ、果てたいのね……わたしのなかで、果てたいのでしょう?
 義妹のなかを、ご自分の種子でいっぱいにして汚したいのでしょう?
 お出しになって、かまいませんのに……お義兄様の白くて熱いもの……たくさん、たくさん出して……」

そこまで語りかけると、エマニュエルは切迫の響きを帯びた喘ぎとともにふっと背中をそらして彼の顔から離れ、
これまでの自制の反動ででもあるかのように、腰の動きをいっそう早く、いっそう小刻みなものにした。
修道女のように清楚な面立ちは禁じられた愉悦に染まり、花のような唇は悩ましくひらきつづけ、
なめらかな両手は自らの乳房を揉みしだきつつ指先で乳首を弄び、
華奢な腰は娼婦のように浅ましい動きに支配されているというその光景は、世のあらゆる男たちの獣欲を解き放つに十分であり、
アランも再び視線を奪われかけたが、すぐに目を瞑り、彼女の表情も姿も決して意識に入れまいと心に堅く命じようとした。
だが書斎の底に艶かしく響き渡るその声だけは、やはりどうあっても遮断することはできなかった。

「お義兄様、すごい、……出して、早く出して……
 ほしい、ほしいの……お願い……っ
 わたし、もう、耐えられな……あっ、あああぁっ……
 早く、どうか、一緒に……」
一緒に、というその一語だけが何度も繰り返されたような気がした。
だがその確信ももてないうちに、アランは一瞬混沌に呑み込まれざるを得ず、
そのすぐ後に、しなやかな温かい身体が自らの胸の上に崩れ落ちたのが分かった。




卓上に揺れる燭台の火は、蝋燭が尽きるまでにまだ間があるというのにひどく弱々しかった。
まるで病人の微笑のような、とアランは意識の隅でぼんやり思った。
彼らが重なり合う書斎の床には、静寂の底を這うようにして熱気と気怠さが沈殿している。

突然、扉を叩く音が響いた。
瞬間、彼はほとんど力ずくで剥ぎ取るようにして義妹の身体を自分の躯体から下ろし、
素早く立ち上がって寝衣の前を合わせながら扉に向かって問いを発した。
「誰だ」
「わたくしですわ、アラン」
「―――」
彼は息を呑み込み、凍土のように硬直したまなざしで扉を凝視した。
背後で衣擦れの音が聞こえた気がした。しかしそれ以上意識にのぼることはなかった。

「一体どうしたというのだ」
「遅くにごめんなさい。あなたとお話がしたくて」
「話?」
「ええ、入ってもよろしい?」
「待て。―――いま目覚めたばかりだ。部屋に明かりがない。足もとが危うかろう」
アランはことばを切った。
ここで「燭台を持参しておりますから、火を移して差し上げますわ」との返事が来たらもはや観念するしかない。そう思った。
だがエレノールは少し考えるように間をおき、それからまた扉越しに言った。
「そうですの。ではあちらの角に立つ衛兵たちに、調達してくれるよう頼んでまいります。すぐ戻りますわ」
「すまない」

アランはひとこと呟くとただちにエマニュエルのほうに向き直った。
こちらの焦燥など嘲笑うかのように義妹は悠然とショールの上に寝そべっているものとばかり思っていたが、
意外にもすでに立ち上がって服を着なおし、乱れていたはずの髪も緩やかに束ねていた。
「俺の言いたいことは、分かるな」
エマニュエルは彼を一瞥しただけで答えなかった。
だが黙ってショールを拾い上げると、窓から降り注ぐ月光さえ届かない書斎の奥へと歩き始めた。
「書棚の後ろにおります」
歩きながら彼女はひとことだけ告げた。
そして実際、奥の壁に最も近い書棚に至るとその裏側へしなやかに身を滑り込ませ、アランの視界から己を隔絶した。

この女の自己決定を許していいものか、とアランは一瞬自らに問うた。
自分がエレノールと向かい合って話している間に、突如物陰から美しい悪夢のように姿を現さないという保障は全くないのだ。
しかし迷っている暇などなかった。
(信じるしかない)
そう自らに言い聞かせると、アランは帯と襟元を正し、乱れた金髪を手早く整えた。
そして文机のそばに戻って書きかけの手紙がそこにあることを確認し、
末尾にインクを二三滴垂らして吸い取り紙を押し当てると、卓上の灯火をそっと吹き消した。

(そうだ、衛兵は)
アランはふと思い出した。
彼らはエマニュエルが「王太子妃として」入室するのを見届けたはずなのに、
今さっきエレノールが廊下の向こうから姿を現したのをなぜか奇異としなかった。
そのまま見咎められずに通されたからこそ彼女は書斎の扉に至ることができたのだ。
それともエレノールは彼らから予期せぬ尋問を受け、ひとりで事情を掌握したのだろうか。
アランは慄然とするものを感じたが、一瞬後、それは背中から去っていった。
(ああ、―――当直交代の時間をまたいだのか)
ごく単純な事実に思い至り、彼は深い息をついた。
だが同時に、今夜の幸運をこれで蕩尽したようにも感じていた。




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