「まあ、なんて色鮮やかなのでしょう」
卓上に並べられた品々を見てマリーは両手で口を覆い、感嘆の声を上げた。
真紅や黄や橙色の果物、奇妙な形の葉と目の覚めるような色の花で覆われた大小の植物、
そして同じく色とりどりの羽をまとう籠の中の鳥たち。
一年の大半が氷雪で閉ざされる北国に生まれた姫君にとって、
眼前に広がる色彩はまさに地上の奇跡のように見えた。




これらはすべて、先ほど宮中でオーギュストが父王から下賜されたものであった。
一年以上前に王室の援助を受けて南海探検の旅に出ていた航海者たちが、
先日ようやく母国の港に帰還したのである。
君臣たちはみな、もはやあの船団は難破したものと考えていただけに、
艱難辛苦のすえ探検の成果を携えて帰国した航海者たちを破格の待遇でねぎらい、
彼らが献上した奇妙な動植物にそろって驚かされた。




「船団は赤道の手前、北緯五度あたりの島まで到達して、それから帰還の途に着いたということです。
これらを見る限り、赤道近辺の風物や景観はよほど彩りゆたかなのでしょうね」
「陛下はこれほど珍奇な品々をみな、王族ひとりひとりに御下賜くださったのですか?」
うっとりしたような、信じられないといったような声でマリーが夫に問いかける。
「ええ。探検隊が南海諸島から持ち帰った品々はキャラック船二隻分もあるそうです。
熱帯産の動植物なので、半数ほどはやはり帰路の海上で息絶えてしまったそうですが」
「―――まあ、かわいそうに」




マリーはふたたび不思議な動植物を眺めたが、
その生命力あふれる色彩はもはやさっきほど彼女の心を浮き立たせてはくれない。
故郷を遠く離れて全く違った環境に来てしまったということでは彼らはマリーと同じ境遇なのだった。
そのことに思い至ると彼女はややしんみりした気持ちになり、腰をかがめて鳥籠をのぞきこんだ。
「最初は慣れないかもしれないけれど、一緒に末永く暮らしましょうね。
 わたくしたちが、―――オーギュストとわたくしがいつまでも一緒にいられるように、
おまえたちもどうか、日々祈る代わりに歌ってね」




妻は母国語でささやいているのでオーギュストには内容は分からなかったが、
その優しげな口調には何か切実な想いがこめられていることはたしかだった。
マリーが目を閉じてそっと籠の格子にくちづけしたとき、
彼は思わず、妻の華奢な背中を後ろから抱きしめたくなった。




やがて侍女たちが皿やナイフを用意し、果物を剥きはじめる。
「まあ、いい香り……オーギュスト、ごらんくださいませ、
皮だけでなく中身も赤いようですわ。こんな果実は初めて見ました」
「見た目はやや毒々しいですが、美味しかったですよ」
「あら、もうお召しになりましたの?」
「ええ、宮中で兄たちとともに父上のご相伴にあずかったのです。
 もう僕はいずれの果物も賞味しましたから、
ここにあるものはすべてあなたにさしあげます、マリー」
「まあ、よろしいのですか?」
心底驚いたような、うれしそうな顔で口元を覆い、夫を見つめる。
桃色に染まるその頬が彼にはますます愛らしく見える。
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。
 ―――あの、これだけたくさんあるのですから、
ルースから連れてまいりました者たちにも分けてやってもよろしいでしょうか。
わたくしたちの生国ではこれほど美しい果物は一生眼にできませぬから……
それから、公使にもぜひ賞味させてやりとうございます」




公使というのは、マリーが嫁いでくるずっと前からここガルィアの都に駐在し、
長年精力的に勤めを果たしているルースの外交官である。
マリーは嫁ぎ先の王家で難事に直面するたび、
この有能にして篤実な老臣に意見を求めては助けられてきたので、
つねづね彼に謝意を表したいと思っていたのである。
「もちろんです。よろしければ今日の晩餐にでも招待されてはいかがです。
 果物は新鮮なうちのほうがよろこばれるでしょう。
 ほかの動植物も、もし公使どののお気に入れば分けて差し上げましょう」
ありがとうございます、という代わりにマリーはオーギュストに抱きついて接吻した。
やれやれ、と思いながら侍女たちは見ないふりをして、せっせと果物を剥いている。




「美味しい……」
とろけるようにやわらかい果肉とみずみずしい果汁にことばを失いかけながら、
マリーは各種の果物を一切れずつ味わっていった。
至福そのものといった妻の表情に、傍らで見ているオーギュストの心まで和んでくる。
「あ、皮を捨てないで。こんなに美しいのですもの、変色するまでは残しておきましょう」
不可食部分を処分しようとしていた侍女に命じて果汁したたる色とりどりの皮を卓上の皿に置かせると、
マリーは目でその色彩を楽しみつつ、口元にその中身を運んだ。




最後に黄色の細長い物体が残った。
オーギュストが「この皮は手で剥ける」というので、侍女たちもナイフを入れなかったのである。
「これは、果物―――なのですよね」
先ほどの幸せな夢から覚めたような面持ちで、マリーは訝しげに夫に尋ねる。
「ええ」
「―――まず、どうすればよろしいのでしょう」
「この先端の茎のようなものをつまんで、下に引けばいいのです。
 やってさしあげましょう」
「まあ、ナプキンをお持ちにならないと。お手が果汁で汚れてしまいますわ」
「大丈夫ですよ。これには果汁がありません」




果汁がない?
マリーが驚いたときにはオーギュストはその果物の上半分の皮をすっかりむいてしまっていた。
白い中身を示してマリーに勧める。
「どうぞ」
そう言って渡されても、彼女はしばらく動けなかった。
果汁がなく見るからにぱさぱさしているのも妙だが、香りもなんだかツンとくるような気がする。
本当にこれは果物なのだろうか。
先ほどのみずみずしい果実のように美味だとはとても思えない。
「―――これは、ひょっとして苦いのではありませんか」
「そんなことはありません。甘くて美味しいですよ。食感が少し変わっていますが」
そう断言されても、マリーはなかなか信じる気になれない。
何しろ彼女の夫は、美食家が多いこの国の王侯貴族にしては珍しく、
何を食べても美味しいという少年である。
言動と同様、味覚も常人の斜め上を行っているということもありうる。




冬になると食品がたちまち乏しくなる北国の人間の常として、マリーも別に美食家ではなく、
むしろ粗食に甘んじることのできる姫君である。
しかし苦いものだけは苦手だった。
彼女はしばらく逡巡していたが、とうとう侍女に命じて蜂蜜と生クリームの壷を持ってこさせた。
そんなものをかけなくても甘いのに、とオーギュストは思ったが、
とりあえず妻の意思を尊重し、その緊迫した実験の様子を横で観察しはじめた。




マリーはまずひとさじ分の蜂蜜を壷からすくい、
白く細長く、やや反り返っている果肉の頂点にそれをしたたらせた。
黄金色の蜂蜜は湾曲する幹をゆっくりと滑り落ちていく。
それをたしかめてから頂点を口元に近づけ、口に含んでみようとするが、
マリーは歯を立てる直前でやめてしまった。
表面をこれだけ蜂蜜で覆ってしまえばたとえ中身が苦くても中和されるはずだとはいえ、
やはりなんだか怖いのである。




(どうしましょう)
そうこうしているうちに蜂蜜がどんどん滴り落ちて手を汚しそうになったので、
はしたないとは思いつつも、マリーは白い果肉に舌を這わせはじめた。
小さな舌で下から上へと舐めとるうちに、蜂蜜はすっかりなくなってしまった。
しかし本来の目的は全く果たされていない。
(もういちど)
同じように頂点から蜂蜜を垂らしてみるが、やはり得体の知れない果肉を味わう決心はつかない。
幹をゆっくりと伝い落ちる液体にふたたび目がいく。
(やっぱり、蜂蜜のほうが美味しい)
反り返りの外側に顔を近づけながら、マリーは童女のようにただ無心に、上から下へと舌を這わせた。
形のよい小さな唇ももはや蜂蜜にまみれてぬるぬるし、たっぷりと光沢をおびている。
今度もまた一滴残らず舐め取ってしまったので、
マリーが三度目の挑戦をしようとして銀の匙をつかんだとき、
オーギュストがそれを止めた。なぜだか顔が上気している。




「マリー、あの、蜂蜜はもういいのではないでしょうか」
(やっぱり、舐めすぎかしら)
彼女がやや節度のないことをすると、ふだんなら腹心の侍女のアンヌが諌めてくれるのだが、
今日はたまたま彼女がいないのでつい子どものようなまねをしてしまった。
少々恥じ入りながら、マリーは夫のことばにしたがった。
「分かりました。―――では、生クリームで試してみます」
「い、いや、クリームはもっとよくない」
「なぜですの」
「いや、その」
マリーは口ごもる夫をいぶかしんで身を寄せた。
暑い季節なので、食中毒を心配しておいでなのかしら。




「―――まあ」
なんとなくオーギュストの膝に手をついたとき、彼の異状に気づいた。
股間の布がふくらんでいる。テーブルがあるので侍女たちの目には触れていないのが幸いだった。
ふいにマリーは事情を了解した。そして顔を赤らめつつも微笑まずにはいられなかった。
実は以前、月経期間中にそうと知らないオーギュストに求められたとき、彼女は
「口でお慰めいたしましょう」
とささやいたのだが、その提案はあまりに新鮮で刺激が強すぎたのか、
「そそそんなことをあなたにはさせられない」
と彼は真剣に拒絶したのだった。
その晩は結局手で妻の務めを果たした。
しかし指の動きとともに愛する夫が高まっていく様子を見るにつけ、
(口でしてさしあげたらどんなふうに歓んでいただけるだろう)
と思わずにはいられなかった、そのときのことを思い出したのである。




「オーギュスト」
人払いをしてから、マリーは恥じらいがちに彼の耳元でささやいた。
夫はすっかり身体をこわばらせている。
「わたくし、もう少しだけ、蜂蜜をいただきたいと思いますの」
「え、ええ」
「それで―――」
彼の下衣に手をかけ、ゆっくりと前を開く。阻止するものは何もない。
「ここを先ほどの果実がわりに―――」
すでに硬くなりすぎているそれを取り出す。
「賞味させていただいても、よろしいでしょうか」
「―――あ、あの」
やっとのことで彼は声を発する。
「食品で遊ぶのは、好ましくありません。民が労苦して納めたものです」
「もちろんですわ。――― 一滴とて、無駄にはいたしません」
そこまでいうと、マリーもさすがに恥ずかしさが極まって顔をうつむけた。
「ああ、マリー」
耳まで紅潮した妻のようすにますます劣情をあおられた年若いオーギュストは、もはや提案を拒みはせず、
妻が自分の前にひざまずいて膝頭を開こうとするのを黙って許した。




一瞬ひんやりとした感覚が彼を襲い、
次に妻の細い指先が、その冷たく粘る液体を局部全体に塗布しようと上下に動き始める。
「あ、マリー・・・・・・ああ・・・・・・」
「どうか動かないで、オーギュスト」
そう言われても、心地よいものは心地よいのだから自制は難しかった。
蜂蜜にまみれた指先で裏側をこすられるたびに彼の身体はほんの少しびくっと動いた。
その初々しいようすを可愛いと思いながら、
マリーはとうとう顔を近づけ、彼自身の先端を口に含んだ。
甘い香りと味わいを予期していたのだが、何かべつの風味も混ざっている。
(―――まあ、もう先走っていらっしゃる)
そんなに感じてくださったのかしら、と彼女はなんとなくうれしくなる。
視線を上げると、オーギュストは感極まったような、
しかし決定的な罪障を犯してしまったような複雑な表情で、愛する妻を見下ろしていた。




「ほ、本当によろしいのですか。そんな、ところを」
「お気に病んだりなさらないで。
 ――――その、わたくしが望んだことなのですから。
妃たる者は、いつ何時でもできうる限りの手段をもちいて背の君をお慰めしなければならない、
という母の訓戒に従っているまででございます」
「そ、そうですか・・・・・・ならば、よいのですが。
―――マリー、あの、そんなに僕の顔をごらんにならないでください」
(だって、あなたの恥ずかしがるご様子が可愛らしいのですもの)
もはや口は塞がれているので返事はできないが、心のなかでそうつぶやきつつ、
彼女は控えめに愛撫を始めた。




夫のものを先端から付け根まで小さな舌で丁寧に舐め上げると、
今度は上から下へ向かって唇を這わせていく。
裏側を焦らすように舐めるその舌使いはほとんど玄人の域に達していたが、
口頭での愛撫に全く未経験である夫はむろんそんなことには気づかず、
衝撃的かつ背徳的な快楽にひたすら圧倒されていた。
「ああ、マリー・・・マリー・・・・・・」
オーギュストは自失したかのようにひたすら妻の名を呼び続ける。
その喘ぎまじりの声を聴きながら、マリーは自分に経験があってよかった、と初めて思った。




最初の夫に新婚三日目で口での奉仕を強要されたときは、
ことのあと、自分が家畜以下の生き物に成り下がったような気がして本気で自害を考えたものだった。
しかし、彼に力ずくで教え込まれた愛撫の方法も、
今こうして最愛の相手を悦ばせるために役立っているのだから、
あの頃流した涙も意味のないものではなかったのだ、とマリーは思った。
ふと口を離してオーギュストの顔をのぞきこみ、何か大事なことを告げたくなる。




「オーギュスト」
「マリー・・・・・・?」
「―――なんでもありませんの。じっとしていらしてね」
マリーはふたたび彼自身にくちづけした。
今度は両方の玉を交互に小さな口いっぱいにほおばってから、
ふたたび幹の部分を唇に咥え、呑み込んでいく。
夫の息遣いがますます荒くなるのが分かる。
約束どおり蜂蜜はすっかり味わってしまった、とマリーが思ったとき、
突然オーギュストの下肢が振動し、彼女の口の中に何か温かく苦いものが注ぎ込まれた。
(―――まあ)
予測しないほど早い反応にマリーはやや驚きながらも、夫の身体から震えが去るのを見守っていた。




未踏の境地からようやく意識が戻ってきたとき、
オーギュストは自分のしでかした不始末に愕然とした。
妻は光沢ある紅唇の端から白い液を滴らせながら、透き通るような青い瞳でこちらを見つめている。
「―――マリー」
夫が意識を回復したのに気づいて彼女はにっこりした。
しかしその大輪の薔薇のような清楚な笑顔さえも、
彼には張り飛ばされる前兆のように思えてならなかった。
「あ、あの、マリー・・・・・・許してください。
 僕は、僕はなんてことをしてしまったんだろう。
 そんなつもりではなかったのです。
 気が済むならどうか僕を殴ってください。
でもどうか、僕のことを嫌いにならないでください。もう二度とこんなまねはしません」




マリーはぽかんと聞いていたが、じきに彼がなんのことを言っているのか分かってきた。
精を口に放ったことを詫びているのだ。
前の夫には精液を一滴残らず飲み込むことまで強要されていたので、
これは世の夫婦の慣わしなのだと信じ込まされていたが、
たしかに考えてみれば異常な営みには違いなかった。
だが彼女はその液を吐き出すどころか、すでに嚥下してしまっていた。
もちろん苦いものは嫌いなのだが、我慢してすっかり飲み込めばオーギュストは喜んでくれるはずだと信じ、
前夫に教え込まれたとおりに振舞ってしまったのだ。
そしてそのことに、マリーは何か罪悪感に似たものをおぼえた。




しかし、心底いたたまれなさそうにしている夫をどうにか元気づけるため、
その思いを振り払って口をひらく。
「気になさらないで、オーギュスト。
 あまり突然だったのでたしかに少し驚きましたけれど・・・・・・」
そして恥じらいがちに視線をそらす。
「あの、これからは、先におっしゃってくださいね。
 そうすれば、心の準備もできますし、こんなふうに口からこぼしたりしな―――」
妻のことばが終わらぬうちに、オーギュストは彼女の肢体をもちあげ、寝椅子の上に押し倒した。




「マリー」
ふたたび驚きの色を浮かべる妻の瞳を見つめながら、彼は小さな熱い声でささやく。
「あなたはなんと寛大なかただろう。
でも僕は、つぐないたい」 そういうと、返事も待たずに彼女の腰帯を解き始め、上衣を脱がせ、
息もつかせず肌着まで剥ぎ取ってしまった。
「い、いけませんわ。まだ明るいではございませんか」
大きな飾り窓から射し込む西日に白い肌を照らされながら、
マリーはなんとか乳房と下腹部を隠そうとしたが、オーギュストに制止されてしまう。
彼のもう一方の手は何かをつかんでおり、それを彼女の染みひとつない肌の上に置いた。
たっぷりと水気を含んでいるようだ。
見れば、侍女にとっておかせた果物の皮だった。




「あ、あの、オーギュスト・・・・・・?」
「果実そのものを潰して果汁をつくるのは食品を粗末にしているようで気がひけますが、
これなら大丈夫です」
何がどう大丈夫なのか説明もしないまま、彼は妻の全身を触診するかのように、
その皮をゆっくりと動かし始めた。
「あっ・・・・・・だめ・・・・・・」
薄い果物の皮越しに乳首をなぞられて、マリーは思わず吐息を漏らした。
その切なげな声に触発されたかのように、オーギュストは妻の敏感な肉体の各処に果実の皮をすべらせ、
とうとう全身を果汁まみれにしてしまった。




「オーギュスト、どうして、こんな・・・・・・戯れをなさるのです・・・・・・」
彼女の呼吸はすでに乱れ、頬は上気している。
妻の肌からたちのぼる甘い香りに陶然となりながら、彼はかろうじて耳元でささやいた。
「お報いしたいと」
何のことですの、とマリーが問う前に、彼はすでに唇を細い首筋に這わせていた。
いつもより吸い方が強いのに比例してか、マリーの肌もいっそう敏感になる。
「だめ、だめです・・・・・・ここは・・・・・・寝室でも、ありませんのに・・・・・・」
彼女はまず、肩から両腕に塗られた果汁を夫の舌で焦らすように清められた。
そしてようやく、かぐわしい果汁に濡れた乳首を吸われ、乳房を優しくむさぼられた。
マリーの声はだんだん弱くはかなげになっていく。
すっかり果汁を舐め取られてしまったあとも、
乳首はまだまだ吸われ足りないかのように硬く天井を向いたまま、
夫の唇が戻ってくるのを待っている。
オーギュストはなごりおしそうに両方の頂に恭しく接吻してからようやく顔を下げ、
平らな腹部を唇でなぞり、処女雪のような太腿を唇でゆっくりと清めた。




そしてついに、脚を大きく開かせ、金髪の茂みの奥に秘された果樹園に迷うことなくくちづけした。
マリーの身体が大きく震える。
「だ、だめ、オーギュスト!」
「どうしてですか。あなたがさっきしてくださったことではありませんか」
「それはそうですけれど、でも」
「ずっと、あなたの全身にくまなくくちづけたいと思っていたのです。
 でも、非礼と思われるのではないかと恐れておりました」
今だって決してお許ししてはおりません、と抗う前に、
夫がふたたび秘所に接吻したのを感じ、マリーは吐息混じりにことばを失う。
しかも今度は舌を使っているのが分かる。
その温かく柔らかい感触にマリーはどうかするとすべてを委ねてしまいたくなるが、
かろうじて抵抗の意思を示そうとした。
「い、いけません。本当にいけませんわ・・・・・・そんな・・・・・・ところ・・・・・・ぃやあっ」
「マリー、あなたのここは、とても美味しい」
生まれて初めて糖蜜を与えられた童子のような素直な声で 妻の美体を賞賛すると、彼はまた愛撫に戻った。
甘い果汁と酸味のある愛液に濡れた花びらの一枚一枚を丹念に舐めあげてから、
妻が腰をよじって逃げようとするのもかまわずに、とうとう果樹園の中央に唇を寄せた。
その敏感すぎるほど敏感な秘芽をそっと吸ってみると、マリーははしたないほどの悲鳴を漏らした。
「いやあああっだめえっ!!…そこ、そこはだめなの・・・・・・っ・・・・・・
 許して、どうか許して・・・・・・だめえっ・・・・・・わたくし、死んでしまう・・・・・っ・・・・・・」
その含羞のこもった反応がたまらぬほどいじらしく、彼はますます執拗に吸いつづけた。
そこはやがて夜露を含んだ春先のつぼみのように色づき、
南国の果実の香りをまといながら固くふくらんでいった。
「だめ、だめぇ・・・・・・ああっ・・・・・・ああ、すごい・・・・・・すごい、だめぇ・・・・・・っ」
妻が徐々に快感の虜になっていくのが彼にも分かった。
ことばではなかば抗っているものの、
彼女は無意識のうちに秘所をオーギュストの顔に押し付け、自ら腰を動かし始めている。
自ら招いた結果だとはいえ、見る見るうちに貪欲になっていく妻の肉体がやや恐ろしくなり、
彼は早くマリーを頂点に導こうとふたたび熱心に舌を使い始めた。




マリーはといえば、もはや理性を放棄しているのか、
いまや彼の愛撫を手放しで賞賛し、受け入れるばかりである。
そのたおやかな肉体はすでに痙攣を始めている。
「ああ・・・・・・そこ、そこがいいのです……お願い・・・・・・・もっと、奥まで・・・・・・
 だめ・・・・・・おやめに、ならないで・・・・・・そこぉ・・・・・・
 やあん・・・・・・やめないで・・・・・・マリー、おかしく、なっちゃう・・・・・・
 いい、ああ、いい、いくぅ、いかせてぇっ・・・・・・いくぅぅぅっ」
悲鳴にも似た嬌声とともに、マリーはついにひとり果てた。
従来の夫婦の営みの際には見られなかったほど、
妻が歓喜に激しく震えているのを確認してオーギュストはうれしかったが、
一方で顔面にやや疲労をおぼえてもいた。




宮室の外では宵闇が迫っていた。
それぞれの浴室から戻ってくると、ふたりはまたも恥じらいがちに身を寄せ合い、
ルース公使が訪ねてくるまでの短い時間を親密に過ごそうとしていた。
功労ある老臣のために晩餐は正式なものを用意させているので、
今夜はおそらく寝室で語りあう時間もないまま就寝せねばならないだろうからだ。
濡れて色が深くなった妻の金髪に顔をうずめながら、今夜は何の香りだろう、
とオーギュストは考えていたが、結局判じかね、
香油を塗りこめた髪よりもっと滑らかな白いうなじに唇を近づけた。
マリーはくすぐったそうにそれを許していたが、
ふいに強く吸われたので思わず大きな声を出し、夫をたしなめた。
「いけませんわ、オーギュスト」
痕が残ったら公使の手前恥ずかしいではありませんか、
とつづけようとしたところ、背後から人の声が聞こえてきた。




「お、お、おーぎゅすと、おーぎゅすと」
人払いしていたつもりのふたりはびっくりして振り向くが、そこには誰もいない。
国王からの下賜品が卓上に積まれているだけである。
彼らは怪訝に思い広い部屋中を見渡すが、人の気配はない。ふいにまた声が聞こえた。
「お、おーぎゅすと」
今度はまちがいなく下賜品のなかから聞こえてくる。
呼ばれたオーギュストはゆっくりと近づいていくが、
怪異におびえるマリーはそれを引きとめようとする。
ふいに彼の足が止まった。




「ああ、そうか。彼らの言上は本当だったんだ」
オーギュストの顔は実に納得がいったというふうにほころんだ。 しかしマリーには全く不可解である。 「―――どういうことですの?」
「航海士たちが父上に南海の産物を献上したとき、
 そこには人語を解する鳥が含まれていると申し上げたのだそうです。
 ですがそれらしき鳥は見当たらず、航海士たちは虚言の罪を得るところでした。
 しかしながら父上は
『旅疲れであろう、そんな鳥がいるはずはあるまい』
 と一笑に付されてお許しになり、そのまま献上品を僕たちに分与してくださったのですが、
 かの鳥はここに紛れ込んでいたのですね」
「まあ、なかなか囀らない鳥だと思っていたら」




マリーも恐る恐る卓上の鳥籠に近づき、顔を寄せてみる。
「おまえたちなの?言ってごらんなさい、オーギュストって」
「お、お、おーぎゅすと」
数羽いるうちの一羽がすかさず返答し、マリーを驚嘆とともに喜ばせる。
「まあ、おまえなのね。なんて賢いの!すばらしいわ。
 公使も驚くことでしょう」
「全くすごい、たいしたものだ」
「ス、スゴ、スゴイ、スゴイ」
幼さを残した王子夫妻はますます喜び、
もっといろいろ言わせてみようと新しい語句を口にのぼせかけた。
けれどそれを制するかのように、あるいはこれまでの沈黙を埋め合わせるかのように、
その色鮮やかな鳥は突如として怒涛のごとくしゃべりはじめた。




「お、お、おーぎゅすと、スゴ、スゴイ、スゴォイ」
「まあ、本当にかしこ―――」
「ス、スゴイ、ダ、ダダメェ、ソコハダメェ、ダメエエエエェ、ユルシテエエエ」
「・・・・・・・・・・・え?」
「すごいなあ。こんなに語彙が増えてる」
「ユユユルシテェ、ソソソコハイケマセン、ダメェ、まりーオカシクナッチャウゥ」
「・・・・・・これは」
「賢いなあ。文法も正しいですね」
「ソソソコ、ソコガイイノオォ、モット、モットスッテェ、まりーイッチャウ、
 オオネガイ、イカセテエエエ」
「―――お黙りっ!!」
「ああマリー、何をなさるのです!」




鳥の饒舌さと聡明さに心を打たれていたオーギュストは、
妻がいきなりその籠を宙に放り投げようとするのを見てあわてて押しとどめた。
「乱心はいけません」
「この鳥は、この鳥はわたくしを侮辱しております」
マリーは肩で息をし、白皙の顔を真っ赤に染めて立腹している。




「禽獣に悪意があるはずはありません。
それに僕はこの鳥を好きになりました。どうか害さないでください。
声質があなたにそっくりです。とても可愛い」 そのそっくりさがマリーの怒りを増幅させているのだということに、彼は全く気づいていない。
「わが国に二羽といない賢い鳥ではありませんか。
 ―――そうだ、明日にでも父上にお披露目しなければ。
いないはずだと思っていた人語を解する鳥をごらんになって、どんなにお喜びになることか」
青天の霹靂のような提案にマリーの顔はますますひきつった。
「どうでしょう、マリー」
「―――もしあなたがそれを実行なされるなら、わたくしは生国に帰ります。
 何が何でも帰らせていただきます」
「ええっどうして!?」
できるものなら自分の夫を幼少時から再教育したい衝動に駆られながら、
マリーは淡々とした脅しでもって彼の提案を取り下げさせた。
実家に帰る、といえばオーギュストは決して逆らえないのだ。
しかし彼はまだ未練ありげな顔をしている。そしてふいに明るい声で言った。




「そうだマリー、学舎に連れて行くならかまわぬでしょう。
僕の学友には生態系の研究を志している者が少なくな―――」
「短い間でしたがお世話になりました。帰国の馬車を用意しなければなりませんので、失礼を」
「マリー!!」
オーギュストはひざまずかんばかりに妻の裾にしがみつき、なんとか彼女を引きとどめる。
「分かりました、もう決して、ほかの誰かに見せようとは思いません。
 僕たちの寝室で飼うことにいたしましょう」
「寝室ではいけません。これ以上、―――その、妙な語彙が増えたら困ります。
 どこか廊下の端あたりに空き部屋をつくって、そこで飼育しましょう」
本音を言えばあの鳥の生存自体がマリーにとっては許しがたいのだが、
鳥はもともと夫の所有物であり、彼もずいぶん譲歩してくれたことから、
彼女もやや歩み寄ろうという気になった。
「分かりました」
「飼育係以外、決して他者を近づけてはなりません。お誓いくださいますか」
「誓います」
オーギュストがそう言ったとき、扉の外から侍女の声が聞こえた。




「公使さまの馬車がお着きです」
(―――そうだったわ)
マリーは一瞬にして青ざめ、オーギュストと見つめあった。
しかし彼の顔には緊迫感のかけらもない。
「オーギュスト、どういたしましょう」
「バイリンガル同士ですから、この鳥を引き合わせてみては」
(ご相談したわたくしが馬鹿でしたわ)
マリーは夫の返答をしまいまで聞かずに鳥籠に近づき、懐から刺繍糸の束を取り出した。
「マリー、何をなさるおつもりですか」
「絞めます」
「そ、そんな、この鳥と初めて対面なさったときは、
 何かお優しいことばをかけていらっしゃったではありませんか」
「―――あれはつまり、『わたくしとおまえとは不倶戴天の敵だ』と宣告したのです」
「・・・・・・そうだったのですか?
 いや、でもマリー、絞め殺すのはかわいそうです」
マリーもやはり迷っていた。
いくら腹立たしい相手だとはいえ、さすがに手を下すのは忍びない気がする。
手持ち無沙汰に刺繍糸をもてあそんでいると、ふいに鳥がまた沈黙を破った。
「ダダダメェ、シンジャウ、ソンナコトサレタラ、ワワワタクシ、シンデシマウゥ」
(やはり絞めるべきかしら)
マリーがまた鳥籠に一歩近づいたとき、扉の外から衛兵の大きな声が響いた。
「公使さまご入室です!」




ルース公の厚い信頼を受けてガルィアに派遣されてからというもの、
長年にわたり敏腕外交官として活躍してきた老臣は、
ゆっくりとした足取りで王子夫妻の居間に入ってきた。
ここは正餐をとる広間に通じているので、一歩踏み入れたとたん好い匂いが鼻腔をつく。
「今晩は殿下夫妻のお招きにあずかりまして、光栄至極に存じます」
「こちらこそ、わざわざお運びいただきまして」
オーギュストがにこやかに、しかしどこか悲しげな顔で挨拶する。
「南海の珍しい産物をお見せいただけるということでしたが―――」
「あちらですわ」
有無をいわせぬ口調でマリーが公使の視線を誘導し、
大きな机に山と積まれた珍奇な動植物を扇で指し示す。
「おお、これはなんと美しい品々でしょう」
「珍しい果物もありますの。あなたに賞味していただきたくて取っておきました」
「この老体のために、姫さま、かたじけのうございます」
感極まって謝辞をのべながら、彼はふと、卓上にひとつだけ空の鳥籠があることに気がついた。
しかし別に大したことでもないと思い、わけは訊かなかった。




その籠の主が北緯五度の故郷に向かって解き放たれたか、 はたまた厨房に送られたかは、王子夫妻のみぞ知るところである。




(終)




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