「本当か、とうとう」
アランは彼にしては珍しく、やや勢いづいて傍らを振り返った。
王宮の敷地の一角にある文書館からの帰り、ベルナールとオリヴィエと三人で歩いているときだった。
ベルナールの父であるヴァンヌ侯爵のもとに出入りしている貿易商が、西部国境地帯の山岳部にのみ生息する希少な鷹の雛を何羽か入手したのだという。
訓練が難しい気質をしているが、よく馴らしさえすれば、狩場における最高の伴侶といわれている。


「うちの鷹匠にも見せたが、体調や肉付きも悪くないようだ」
「それは楽しみだね」
「ぜひ見たい」
狩猟を愛好することではオリヴィエも同じだが、アランは彼にもまして意欲的になっていた。
「かまわんよ。まあ、雛のうちは他の種の鷹とあまり差はないが」
「いつだ。いつなら都合がいい?」
「そう急くな。そうだな、―――十七日後はどうだ」
「十七日後」
「ちょっと先の話だね」 オリヴィエもやや意外だったような声でいう。 「でも、そのころ僕はまだ領地の巡察に出発していないから、問題ないと思う」
「十七日後か、とすると」
アランは一瞬、頭のなかで日付と予定を照らし合わせるような顔になった。


「―――俺は、難しい」
「陛下からのお呼び出しか」
「違うが、ずらせない用事がある」
「どうしてもか」
「―――まあ、どうしてもだ」
最上等の鷹を鑑賞できる機会を先延ばしにするのがこたえたのか、その声はだいぶ低まったが、撤回するようすはなかった。
「その後の予定はどうだ。来月中なら―――」
言いかけてから、アランはふと気づいたように問い返した。
「しかしまた、中途半端な日取りだな。十七日も先まで、おまえの予定は詰まっているのか」
「僕らのなかではベルナールがいちばん暇そうだよねえ。
 身分を問わず、しょっちゅう綺麗なご婦人を見つけてくるのに」
全く悪気のなさそうな声でオリヴィエが相槌を打つ。
ベルナールは意に介さず、アランのほうを見て答えた。
「本当は、前倒ししても全くかまわん。ただ試したのさ」
「何を?」
「おまえをだ、アラン」
アランは眉をひそめた。
そして一瞬後に目をみひらいたかと思うと、はっきりと苦々しい顔になり、友人らを顧みずに足早になった。






「アラン、急ぐことはないだろう。―――試したって何を?」
自身の歩みも早めつつ、オリヴィエがベルナールに向き直って尋ねる。
「思い当たらないか。
 十七日後は、聖エレノールの帰天の日だろう」
「え、そうだったかな。―――ああ、そうか」
聖エレノールはこの大陸で異教信仰が優勢だった時期の、早期の女性殉教者のひとりであり、アランの妃の名はむろん彼女にちなんだものである。
自身の名の由来である守護聖人・聖女の祭日を祝う習慣は、この大陸では宗派や地域を問わず広く浸透している。
ただ名前によっては、同じ日に祝われるべき人間がそこかしこにいることになるので、貴族であっても誕生日のように大々的に人を招いて宴席を設ける家は少ない。
王室もまた、公式行事として王族の守護聖人の祭日を祝う制度は布いていない。ごく私的な範囲で祝うのが慣例とされている。


「おまえが俺たちを祝いの席に招いてもいいんだぞ、アラン」
「招かない」
「気持ちは分かるよ、アラン」
オリヴィエが後ろから熱っぽく声をかける。
アランはまったく振り向こうとしないが、ベルナールは笑いを噛み殺している。
「結婚してから初めて迎える守護聖人の祭日だからね、ふたりきりで祝うことはなおさら重要だ。
 僕もいまはモニークのご両親に招かれて祝う身だが、数年後にはふたり差し向かいでだと思うと、今から感無量だ」
オリヴィエの早足がとうとうアランに並んだ。
「妃殿下のために何を準備している?僕は毎年、モニークには東方の絹糸と北方の毛織物を欠かさないんだが。
 ああそうだ、でもある年、大失敗をしてしまった。ちょうどいいから忠告しておくが―――」
「分かった。好意だけ受け取る」
アランはとうとう面倒になったように、短く言った。
だが今回はオリヴィエたちのほうに根気があった。


「で、何を贈るのかな」
「俺も気になる」
「つくづく暇だな、おまえたちは」
歩調を落とさないまま、アランは苦々しさを極めたような声で言い捨てたが、最後にぼそりと付け加えた。
「贈るわけではない」
「ほう」
「でも祝うのだろう?」
「祝うことは、祝う」
口ごもりながら、アランは答えた。
「―――都近郊の、聖女の遺物を所蔵する教会に、連れてゆくことになりそうだ」
「おまえが?おまえが!」
ベルナールが今にも指を指して呵々大笑しそうな顔になる。
「そうか、聖地参拝かあ。守護聖人の祭日の本来の意義に立ち戻るわけだ。
 しかし人は変わるものだなあ。
 年に数度の告解式すら放棄して、どこだかの貴婦人としけこんでたこともある君が」
オリヴィエには相変わらず悪気がなかった。


「―――あれが、エレノールが、そう望むからだ」
振り返りざま、釈明のつもりで口に出してしまってから、アランは却ってばつが悪そうに眉をしかめた。
友人ふたりはほぼ同時に笑い出す。
「いいじゃないか、祝われる当人が喜ぶことをするのが一番だ」
「別に、喜ばせようと思ってするわけではない」
「じきに、言い訳しなくてもよくなるよ。愛は万能だ!」
「おまえ、意外といいこというな」
「そろそろ停車場だぞ。さっさと立ち去れ。即刻だ」
オリヴィエとベルナール、それぞれの家の紋章を車体の四面にほどこした豪奢な馬車が、視界に入ってきた。
王族専用の停車場はもう少し離れた先にある。


気心の知れた幼馴染とはいえ、オリヴィエとベルナールは身分上は臣下なので、王宮内のしきたり上、アランが馬車に乗り込むまで見送るのが常であった。
だが今回は彼に追い立てられるようにして、半ば駆けだしながらそれぞれの馬車に乗り込んでいった。
オリヴィエは早々に座席に上がったが、ベルナールのほうは馬車の踏み台を昇りきると、高い車体からアランのほうを振り返った。
「どうした」
「実に痛快だと」
「何が」
「王太子殿下を上から見下ろすのはね」
馬鹿め、と言う代わりにアランは首を振った。かまわず、ベルナールはつづけた。
「いや、違う。おまえもとうとう、同じ地平に立ったわけだ」
「何が言いたい」
「愛する者の表情に一喜一憂させられる世界へようこそ、だ」
アランは今度こそ、ぎりぎりと苦虫をかみつぶしたような顔になった。
彼には珍しく、敬虔な三弟ルネが聞いたら卒倒しかねないほど露骨な悪罵を投げつけようとしたが、ベルナールはその前に扉を閉め、御者に向かって発車の合図をかけた。




(終)




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