(改めて、女にしてやった)
彼自身限界まで怒張した雄をなだめながらも、アランは満足した顔で、自身の肩にぐったりとしなだれかかる妻の表情を見下ろした。
処女を奪ってもなお、このように、新たな「初めて」を教えてゆくことが大事なのだ。
常に彼女の「初めて」の相手になり、彼女の心身に忘れがたい歓喜を焼き付けることで、ほかの何者かと過ごした記憶など、いずれ―――おそらくは、葬ってゆけると思う。
高い天蓋の下に、乱れた呼吸の余韻が響いている。
深い陶酔から覚めやらぬまま、エレノールはぼんやりと夫を見返していた。
が、ある瞬間、ふと自身のありさまに気づいたように、身体を両腕で覆って彼から逃れようとした。
むろんアランはとりおさえ、彼女の肩に手をかけて押し倒した。
今度は上から覆いかぶさる形で、ゆっくりくちづけする。
「どうだった」
エレノールは答えず、まだ荒い息を押し隠しながら、唇をかみしめている。
アランはそのこめかみに接吻を落とし、さらに頬へ、顎へ、首筋へとくちづけしていった。
ふたたび、エレノールの口から甘い呻きが漏れるようになった。


(頃合いか)
アランは思い切って、妻の両膝を大きくひらかせた。
泉のように潤う薄紅色の花弁もまた、あられもなく左右にひらいた。
神秘の内奥へといざなうように、つやづやと照り光っている。
前のめりなところを見られるのは不本意だったが、アランは唾を飲み込まざるを得なかった。もう抑えが効きそうにない。
「さぞかし、待ちわびただろうな」
「や、やめ……こんな、恰好……」
「いま、挿れてやる」
「え、―――い、今、そんな、待って……あ、あぁっ!」
エレノールの制止はほとんど声だけであり、アランの挿入を妨げようとする手に力はこもっていなかった。


「―――っ」
アランの唇からも、抑えようとして抑えがたい呻き声が漏れた。
きついことは相変わらずだったが、最初のときに比べればずいぶん抵抗なく分け入っていけるように感じた。
あの日の朝、彼女の全身はたしかに緊張しすぎていたのだろう。
「だ、だめ、……あぁっ!」
深く浅くアランから振動を与えられるたびに、エレノールの声が潤いを増してゆく。
「あっ……あ、あっ!……アラン、すごい……すご……っ」
エレノールの表情はしだいしだいに陶酔へと沈んでゆき、半ば喘ぎと化したその声も、ごく素直に歓びを表現するように変わりつつあった。
痛みのほうは、もはやほとんど生じていないようだ。
懸念が晴れて、アランの肩から力が抜けた。
その反動か、嗜虐的な性格がふたたび頭をもたげてきた。


「そなたの蜜の音も大したものだ。明日の朝までに、シーツが大変なことになるな」
「い、いや、おっしゃらないで……あぁっ、すごい……そんな、深くまで……いけな……あぁ!」
エレノールの両手がアランの首に、背中に回され、自分で自分を維持できなくなったかのように、ひたむきにしがみついてくる。
「そんなにいいか」
エレノールは両目に涙を浮かべかけていた。すぐには言葉を発せられないかのように、小さくうなずいた。
「い、いい、の……すごく……気持ち……よくて……」
「ずいぶん、素直になってきたな」
アラン自身も相当に苦労して呼吸をなだめようとしながら、妻の顔を見下ろす。
「これから何度も、果てさせてやる、からな」
エレノールはことばもなくこくりとうなずいた。その拍子に、片方の瞳から涙の粒が頬に伝っていった。
それを吸い上げてから、アランは体勢を整え、ふたたび妻の顔を見下ろした。
そして枷を外された虎狼のように、猛然と突き始めた。
耳朶に絡みつくような嬌声が、途絶えることなく寝室に響き続けた。






気だるい空気が天蓋の下を覆っている。
アランは満足をおぼえながら、心地よく疲労した体躯をゆっくり起こした。
今回の妻の反応はたしかによかった。
男である自分には窺い知れぬほどの歓喜の深淵に身を委ね、まだ酩酊から覚めていないようにみえる妻の横顔を眺めながら、アランはさまざまな場面を反芻していた。
今夜中にもう一、二回所望したとしても、もはや苦痛を与えることはないだろう。
自身の白い種子が彼女の清らかな花芯を満たし溢れ、彼女自身の蜜と混じりあいながら桃色のひだを伝って溢れ出るさまを思った。
おとなしくなりかけていた下腹部の雄が、ふたたび頭をもたげてくるのがわかった。


エレノールが目を開けた。寝起きのようにしばらくぼんやりしていたが、ふいに気がついたように掛け布団を引き寄せ、肩まで覆おうとした。
アランが少し笑う。
「今さらか」
「今さらでも、裸でいるなんて」
エレノールは顔だけでなく身体全体を背け、アランに背中を向けた。それでも耳やうなじが赤らんでいるのは彼にもみえる。


どうやって次へ持ち込むか、とアランは考えていた。
といってもべつに難事とは思われず、うなじや肩への接吻から始めて、妻を自然にその気にさせることはわけのないことだろう。
これまでも、他の女たちもそうだった。


そのとき、彼に背中を向けたまま、エレノールがぽつりと言った。
「どうして、でしょうか」
「どうしてとは」
「どうして、―――気持ちよくなると、濡れてしまうの」
思いがけない質問にアランは面食らったが、無難に答えようとした。
「もちろん、男を受け入れやすいようにだろう。いわば潤滑油だ」
「で、でも、それならば、ただ濡れればよくて、気持ちよくなる必要は、ないと思います」
「俺にいわれても困る」
「神聖な営みで快楽を得るのは、罪ですのに」
やれやれ、とアランはやや食傷した。信心深い連中が立ち止まるのはいつもここだ。


「―――どうして、罪と知っていながら、歓びが生まれてしまうのでしょうか」
むろん、そなたの本性が淫蕩だからだ。
そう即答しようと思えばできた。むしろ、それを聞いたときの妻の表情をじっくり見てみたい気持ちもあった。
だがアランは言わなかった。
エレノールの声は、消え入りそうに恥じらってはいたが、真摯だった。
さすがのアランも、このような根源的な問いかけに即座に答えるすべは持ち合わせていなかった。


ふと、エレノールがこちらを向いた。やはり、声と同様に真摯な表情をしていた。
「―――なのでしょうか」
あまりに潜められた声なので、最初のほうはアランには聞き取れなかった。
「何と言った」
「―――あなたのことが、好きだからなのでしょうか」
「何を言う」
柄にもなく、アランの声が若干うわずった。
経験豊富な大人の男というより、思春期に入ったばかりの少年のような余裕のなさが滲み出るものであった。
それが自分で分かるだけに、いっそう腹立たしさが募る。
彼と対照的に、エレノールのほうがむしろ揺らがないまなざしで夫を見つめている。
(俺に訊くな)
さして乱れてもいない前髪をかきあげながらアランは心中でつぶやいた。
彼がそういう仕草をするのは一種の動揺のあらわれであることを、弟妹たちのうち知っている者は知っているのだが、アラン本人はおそらく気づいていなかった。


「―――なぜ、そんなふうに思った」
極力無関心に聞こえるように努めながら、アランは問うた。
「好きではないひとに触れられて、気持ちよくなったりしたら、おかしいですもの」
「おかしいか」
「あなたは、そうではないのですか」
アランの意外だったことに、エレノールの声は傷ついたように揺れ始めた。
「わたくしが、その、握らされて、触れたとき、あなたが―――あ、あのようになられたのは、そういうことでは、ないのですか」
アランはやはり即答できなかった。
数日前の彼であれば、何と無知な女か、と一笑に付しているところだが、
エレノールのまなざしの真摯さに、なぜか退路を断たれたように感じていた。


一瞬の沈黙のあと、他人事のように答えた。
「恋情が芽生えていようがなかろうか、肌が触れれば快楽が生じることもあるし、それを分かち合う関係はある。
 そなたとてわが宮廷に身を置いてからこのかた、いくらでも見聞きしているだろう」
「あなたとわたくしの関係も、そうなのでしょうか」
エレノールの声が、感情を抜いたように平板になった。
洞窟の奥で人知れず光を放つ鉱石のように、漆黒の双眸が物言わずアランを見ていた。


「婚姻の秘蹟を除けば、あなたとわたくしの間にあるのは―――わたくしたちを結んでいるのは、肉の歓びだけ、それだけなのでしょうか」
「だけとは言っていない。
 身体の相性がよければ、気心が通じやすくなることもあろう」
これが妻の望む答えでないことは、アランにも分かっていた。
だが、いまここで、自らの内心に分け入っていくだけの決心もつかなかった。


「わたくしは」
エレノールは思いつめた声で言った。
「わたくしは、あなたに、その、恋をしているかは分かりません。
 でも、―――あなたの心に、もう少し近づいてみたい。もう少し奥まで触れてみたい。
 少しずつでも、心を近づけてみたいのに。
 あなたは、違うのですか」
夜ごと身体を重ねるだけで、快楽を分かち合うだけで、十分なのですか。
漆黒の双眸がそう問うていた。


面倒な女だ、という苛立ちがアランのなかでたしかに沸き上がった。
だが、適当になだめて寝付かせ明日を迎えるという方法を、なぜか今は選ぶことができなかった。
アランはしばらく黙っていたが、やがてエレノールから目をそらし、ぽつりと答えた。
「そなたがどういう人間かということには、興味がある」
「―――寝台の上でどう触れれば、どんな反応を示すか、ということ?」
「違う」
アランは目を背けたまま言った。
数日前に初めて枕を交わしただけの女から、これほど無遠慮に踏み込まれるなど、実に腹立たしいことであった。
だが、完全に無視することもできなかった。
「違うというか、それもないことはないが、それだけではない」
煮え切らない答えに対し、エレノールはことばで督促はしなかった。黙って彼を見つめている。


「―――たとえば」
言いだしたものの言いあぐねて、アランは言葉を切った。
自分はいつも、他人を動かす側の人間で、他人に焦らされるなど全くの不本意だった。
だが、焦らねば自分の手から逃げて行ってしまうような何かが、―――そのまま失ってはおそらく悔やむであろう何かが、たしかにそこにあった。
アランは観念した。エレノールに対してというより、己の真情に膝を屈するほうを選んだ。
「たとえば、―――たとえば、好きな花の種類だとか、幼いころの愛称は何だったかとか、そういうことだ」
エレノールの大きな瞳がいっそう大きく見開かれ、表情はそのまま静止しかけたように見えた。
だが、水紋もない湖面に朝露がこぼれ落ちたように、大きな笑みが広がっていった。
「うれしい」


(単純な女だ)
努めてそう思おうとしながら、アランは無関心そうに前髪をかき上げた。
今の表情を見せられて初めて、これを見たかったのだ、と気づかされたことがまた、何とも腹立たしかった。
一方で、何より問いただしてみたいことは、決して彼女に向けることはできない。そのことにも気づいていた。
「その男」からは、耳元で何と呼ばれていたのか。「その男」の愛撫を受け入れながら、何度高みに達したのか。
だが、アランの矜持にかけて、それを口にするわけにはいかなかった。


「わたくしも、あなたについて、知りたいことがたくさんあるのです」
「おもしろいことは何もない」
「でも、わたくしにはおもしろいのです。
 あなたと話すたび、思っていたのと違うことが、たくさん見つかるから」
(それは単に、そなたの偏見が強固だったということだろう)
アランはそう思ったが、妻のことばを否定はしなかった。そして少し迷ったが、結局口にした。
「今度は遠駆けではなく、御苑の森を歩くか。夕食の前や後に」
「え?」
「そのほうが、長く話せる」
「―――ええ」
一瞬とまどいを浮かべかけたエレノールは、ふたたび大きな笑顔を見せた。
「今度は、ふたりだけですのね」
「オーギュストがいると、常にはらはらさせられる」
エレノールはくすくすと笑った。
その声に何かを解きほぐされたかのように、アランは彼女の顔を軽く持ち上げ、唇を重ねた。
エレノールはもはや身じろぎせず、じっと目を閉じていた。
アランは一瞬、惜しい気がしたが、唇に触れるだけにとどめた。
二回戦はとりあえず、明日へ回すことにした。




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