晩春にしては肌寒い夜だった。
アランは柱の陰を縫うようにして、ひとりで廊下を歩いていた。
宮中ではない。学友のカディーユ公爵子息オリヴィエに誘われて、都の郊外にある彼の別荘へ遊びに来ていた。
オリヴィエの交友範囲は王族から豪商の類に至るまで幅広く、この広壮な邸にはさまざまな人士が出入りしている。
ゆえに護衛はアランの背後につき従っているはずだが、できるだけ主人の意識にのぼることのないよう、極力距離を保ってその安全に目を配っている。


これまでの何回かと同様、今回の訪問も狩猟が目的だった。この邸の東北方に広がる平原はよい狩場である。
夜の催しは附属物でしかないが、自分を主賓としてひらかれる以上、まったく顔を出さないというわけにはいかない。
一通りの社交義務を果たしたあと、いましがた、晩餐につづいて始まった遊戯の場を抜け出てきたところだった。
若い貴婦人も幾人か同席しているので、撞球や賭け札などの、ごくたわいもない遊びである。
明朝から再開する狩猟に障りが出てしまっては、郊外まで足を運んだ意味がない。
食堂でも遊戯室でも酒は控えたつもりだったが、昨年ようやくこの国の成人、十五の歳に達した彼は、自分の酒量には極力慎重であろうとした。
念には念を入れて、酔い覚ましのつもりで出てきたのだった。
このまま客室に戻り、床に就いてもよいと思っていた。


バルコニーには先客がいた。
舶来とおぼしき青磁の花瓶が置かれた小卓の脇に立ち、こちらに背を向けている。
髪型そして服装から察する限りでは、晩餐の席では見かけなかった若い婦人である。
オリヴィエには未婚の姉妹がいるので、彼女たちが自身の友人を別途招待し、自分たちだけで内々に読書会などを営んでいてもおかしくはない。
仰々しい応対で時間をとられることを嫌うアランとしては、オリヴィエが家族の客人にまで自分の存在を告知していないのは、却ってありがたい配慮であった。
昼間に見ればおそらく亜麻色であろう貴婦人の髪は、最近の流行に沿って幾重にも高く結い上げるのではなく、後頭部でゆるくまとめて残りは首筋に流している。
肩や背中の露出はごくつつましく、衣服の袖や裾も、最近ではあまり見なくなった、膨らみを控えた曲線に菱文様のレースをあしらった簡素なものである。
かといって身なりに金をかけられないから流行に乗れないというわけではなさそうで、
首をもたげた白鳥のような後姿は全体としてひとつの哲学に貫かれているかのように、むしろ高雅な印象を与えた。
花瓶には紫色の大きな花弁をつけたマグノリアが佇み、微風に揺れるたび婦人の肩に香りを散らしている。


「失礼を」
初対面の人間と一から会話を進めたい気分ではなかったので、アランは躊躇なく踵を返そうとした。
そのとき婦人が振り返った。
薄暮のなかで何もかも見て取れたわけではないが、古典的ともいえる美貌であることは一目で分かった。
おそらくは二十歳前後、アランより二三歳上といったところか。


「王太子殿下」
「ご存じか」
「宮廷の華であらせられますもの」
アランを喜ばせようというわけでもなく、平明な事実を述べるような口調で女は言った。
「貴女は」
「ラ=ヴェルニュ伯爵の妻です」
「洗礼名は」
「ジゼルと申します」
ラ=ヴェルニュといえばこの国の貴族のなかでは中流どころだが、アランは伯爵当人のことは知っていた。穏やかな初老の男である。
彼が宮中の晩餐会などに現れるときは大抵、親族だという若い婦人を伴っているが、この女ではなかった。
そして記憶違いでなければ、アランの近侍のなかで、数年前に伯爵の息子の洗礼親になった者がいる。
伯爵の年齢からいえば孫といってもよい赤子だが、この年若い婦人ならば、その生母であっても不思議ではない。
別居しているな、とアランは察した。
男児が生まれてさしあたり健康に育てば、老夫が若妻を拘束する必要はなくなり、双方が晴れて自由を満喫できるのだ。


ラ=ヴェルニュ伯爵家と通婚する以上は、彼女も相応な中流貴族の出身であろう。
ふだんは親から相続した領地に住まい、社交の季節になると都に赴いてくる貴婦人たちのひとりなのかもしれなかった。
そして重要な宗教行事や式典の席で久しぶりに夫と顔を合わせ、にこやかに天気の話などをしながら、閉会すればまた別々の暮らしに戻るのだ。
この国の上流層の生活様式としては、別段珍しいことではない。
彼女の領地はこの別荘からさほど遠くないところに位置するのであろう。
オリヴィエの生家に比べればやや格は落ちるが、近隣づきあいをする上で不足はなく、今日のようにしばしば招かれているというわけだった。


貴族にしては珍しく、オリヴィエは婚約者に対して比較的忠実な男である。
この女は彼の恋人ではないことはアランには分かった。だが、
(ラ=ヴェルニュか)
と、家名だけでやや関心をそがれるのを感じた。
この家自体に何か問題があるわけではない。
しかし彼は経験上、貴族のなかでも中下流どころの女は、彼の前では恐縮しきって不自然に取り繕うか、
逆に劣等感などないことを示そうとするばかりに却って無粋な振る舞いに及びがちであることを、よく知っていたからだ。
この女の落ち着き払ったような態度も後者のたぐいで、じきに虚勢が見えてくるのか、
とアランはひとり勝手に想像し、若干の遺憾をおぼえた。


(田舎に埋もれさせるには、惜しい美貌だが)
女の資質のなかで彼が最も重んじるのは、優雅さである。
粗野な女、挙措や態度に余裕のない女たちは、
生まれ持った姿かたちがどれほど美しく瑞々しくとも、彼の関心から概ね外れる存在だった。
必然的に、彼の愛人たちは、貴族のなかでもとくに上位を占める家柄の、かつ彼より若干年上の人妻や令嬢に偏っている。
とはいえ、なかには中下流貴族の女たちもいた。
彼女たちは、アランの審美眼にかなう容姿も振る舞いも十分にそなえているが、
彼を特に満足させるのは、彼の身分に気後れせず、彼の肉体を純粋に堪能し、
そして彼のためだけでなく自分自身のために放恣であることを、決して惜しまないからだった。
正妃の地位には縁遠いと割り切っているからこその、率直な激しさのようなものがある。


(あるいは、この女もそちらに転ぶか)
見定めるのも一興だと思い、アランは離しかけた顔をまた少し近づけた。
あたりが少し明るくなった。雲が風に吹き払われたのだろう。
女の白い顔のなかで、暖色系の双眸が冷え冷えと光っていた。
アランはそれに惹きつけられた。
アラン自身の瞳も淡い褐色だが、女の瞳は彼とちがって黄色みが強く、どこか猫を思わせる色だった。


「殿下?」
顔を覗き込まれる時間を長く感じたのか、女は控えめにたしなめる声を上げた。
「このような場所でじっとなさると、お風邪を召されましょう」
「瞳にみとれていた。珍しい色だ」
「よく言われますわ」
「琥珀のようだ。美しい」
「それも」
女は小さく笑って裾を翻し、広間に戻ってゆこうとする。
アランは思わずその腕をとった。
自分を王太子と知りながらそのように振る舞う軽やかさが、奇妙に好ましく感じられた。


「お放し下さいませ」
「失礼した」
アランは素直に腕を放した。自分の非を認めたわけではない。
淡々と身を引く方が、女たちの積極さを引き出せることを経験上知っているからだ。
だが、ジゼルは会釈をしただけだった。また広間のほうへ踏み出してゆく。
アランは咄嗟に声をかけた。去る者を追わない彼にしては珍しいことだった。
「待ち人が?」
「いいえ。酔い覚ましが終わりましたので」
「ならば、ここに留まられてもよかろう」
「わたくしのような者が、恐れ多いことです」


そのわりには、さして恐縮したようすもなかった。
かといって刺々しく拒もうとする気配もなく、ただひっそりと立ち止まっている。
アランはいっそう、この女を見極めたい気がした。
他方で、ほんのかすかな既視感が、記憶の隅に頭をもたげたような気がしていた。
「どこかで以前、お会いしたことはないか」
伯爵夫人は一瞬、瞳を大きく瞬かせ、アランを見やった。だがそれだけだった。
「思い出せないなら、人違いということになりましょう」
「そうだろうか」
言いながら、アランは一歩前に踏み出した。
今度はジゼルは後退しなかった。


「だとしてももう少し、その琥珀を拝見していたい」
「おたわむれを」
「本心だ」
「どのくらい」
アランは回答に詰まった。こんなことを問い返す女は初めてだ。
「できることなら、一晩中、眺めていたい」
「たった一晩?」
ジゼルは微笑した。琥珀は見えなくなったが、品よく上げられた口角の曲線がその美貌に艶を添えた。
アランは彼女に近づき、そのたおやかな腰を抱いた。
ジゼルは振り払わなかった。
「もし貴女が憐みを垂れてくださるなら、幾晩でも」


ジゼルは何か言いかけたようだが、結局ことばにはせず、王太子の接吻を受け止めた。
最初は礼儀正しい触れ合いに過ぎなかったが、彼女の紅唇はやがてこじあけられて侵入され、味わうように舌を絡めとられた。
年代物とおぼしき芳醇な果実酒のなごりを感じながら、アランは、巧みだな、と思った。
されるがままになっているように見せて、こちらの敏感な部分をそろそろと煽るようなところがある。
こういう女が寝台の上で披露する技巧と痴態とを想像すると、全身がいっそう熱くなるのをおぼえた。


「いけませんわ」
胸元の紐飾りにかけられる指先、そして腹部に押し当てられる膨張を感じて、伯爵夫人は身を引いた。
「人目はない。あったとしてもすぐに遠ざかる」
「それでも」
琥珀色の瞳がふと伏せられ、そしてまたアランを見上げた。
「殿下だけに、お見せしたいの」
「光栄だ」
少年らしい華奢さをわずかに残す王太子の腕のなかで、伯爵夫人は小さく笑った。
ふたつの人影はバルコニーから渡り廊下へ移ると、やがて手近な空室に消えてゆき、音もなく扉が閉められた。
後方に控える王太子の護衛たちは目くばせをしながら、任務からのしばしの解放に相好を崩した。






互いの吐息をかみ殺すようにして入り込んだ部屋は、おそらくもともと喫茶室のように使われていたのであろう。
燭台に小さな灯を灯すと、寝台こそないが、幅広の長椅子と凝った脚をもつ小さな円卓がそこここに置かれているのが分かった。
アランは適当な長椅子を選んで埃除けの覆い布をはずし、絹張の座面にジゼルを腰かけさせてから自分も座った。
この部屋に入ってから、伯爵夫人の態度はいっそう従順になったようだった。
やや荒々しさを増したアランの抱擁にも大人しく身を預け、目の色と同じく猫のように柔らかい背筋をそらせて仰向き、彼の影の下になった。
陰になっても、琥珀色の透明感は変わるところがなかった。


火照りはじめた耳たぶを柔らかく噛みながら、アランは囁きかけた。
「貴女のほうから、見せていただけると」
伯爵夫人は小さくうなずいた。
そしてややためらいながらも、菫の花をかたどった胸元の紐飾りをほどき、上衣からゆっくりと袖を抜いた。
おぼろな灯火を受けながら、薄絹の胸当ての下に、みごとな輪郭が浮かび上がっている。
「美しい。―――服の上からでも、明らかだったが」
本心から賛美しながら、アランはその隆起をじっと眺めた。


「次は?」
「―――殿下」
伯爵夫人は羞恥を含んだ目で王太子を見上げたが、彼は意にも介さず、同じ姿勢で待った。
むしろ、彼のほうがジゼルに気づかせようとしていることは明らかだった。
最後まで自分でしなければならない、という義務はすでに課されているのだ。
伯爵夫人もそれは了解しており、ついに受け入れたかのように、胸当てを前で留める組紐を二列の穴から抜き取った。
胸当てが長椅子の上に落ちる音とともにあらわになった乳房は、男の掌に掴まれてもこぼれおちそうに豊かで、まぶしいほどに白かった。
そのふたつの丘の頂点には薄紅色が広がり、十分に硬くなった乳首を上向かせている。
アランは親指の先で一方の頂を軽く押さえ、さらに人差し指と挟む形で軽くつまんだ。
切なそうな吐息が、貴婦人の紅唇から忍びやかに漏れた。
「こんなにも期待を、募らせていたとは」
「そのように仕向けられたのは、殿下ですわ」


ジゼルは軽く叱るような調子で応じながら、
乳房を弄んでいない方のアランの手をとり、自身の腹部へ、そしてその下へといざなった。
彼女のもう一方の手は下衣のすそをたくしあげ、自身の膝ばかりか太腿、そしてレースで縁取られた肌着を露わにしようとしていた。
しみひとつないその肌のつややかさ、上質な肌着の光沢よりも、
このような破廉恥きわまる動作ですら、流れるように優雅になされているという事実が、アランに強い印象を与えた。
「こちらも、お確かめになって」
そういってジゼルが導いた先は、まさに足の付け根の中央、肌着のクロッチがわずかに食い込んでいるその部分だった。


求められるがままにアランが肌着の中央をそっとなぞると、白い生地に染みが大きく広がった。
ジゼルが息を殺しながら、唇をかむのが分かった。
「すごいな」
アランは自身の下半身からなんとか気をそらそうとしながら、染みの上で指先を上下に動かした。
花芯の深さや花びらの形も、そして秘芽のふくらみもじきに感じ取ることができた。
とくに秘芽を集中してこすりあげてやると、肌着の潤いはいっそう激しくなり、ジゼルのしなやかな下肢はびくびくと震えはじめた。
「ああ……すご、すごい……殿下……」
(意外と簡単だな)
とアランは最初思ったが、ジゼルは意外と辛抱強く、激しい快感をひたすら受け入れるのみで、それほど易々とは達さなかった。
そして身をよじらせながらも、言い聞かせるように彼の目を見つめてきた。
「……もっと……」
「もっと?」
「……もっと、かわいがってくださいまし……」
そしてアランの思いがけなかったことには、ジゼルは自らの手でクロッチ部分を脇に寄せて、薄紅色の秘所を見せつけたのだった。
当然ながら、充血したそこは滴り落ちんばかりの蜜にあふれ、弱々しい灯火のもとでさえ照り映えていた。


アランももう自制が効かなかった。
慌ただしくベルトを外して、肌着の下から硬直しきった自身を取り出す。
秘割を隠す襞の間に先端を押し付けると、ジゼルの全身がびくりと震えた。
しかし、彼はそれ以上動かなかった。二人の荒い吐息だけが、長椅子の上に響いていた。
「殿下」
ジゼルはようやく、涙ぐんだ目で訴えるようにアランを見た。彼はそれでは満足しなかった。
「何か」
「ほしいのです」
「何を」
「殿下の、ものを、―――奥まで」
「分かっているなら、自分の手で導かれよ」
そう言ってアランは、ジゼルの手をとり自らの雄を握るようにさせた。
ジゼルは抵抗せずにそれを両手で包み直し、自身の花園の入口へいっそう強く押し当てた。
皮を剥かれた果実が擦りあわされたかのように、水音が小さく鳴った。
瞬間、悲鳴にも似た歓喜の声が彼女の唇からこぼれ落ちた。
アランはそのまま花弁を押し分けたい欲望で狂いそうだったが、なんとかこらえて、年上の佳人に命令をつづけた。


「まだだ。もっと、深くへ」
「そんなこと……」
ジゼルはさすがに手を停めたままだった。
「できないなら、ここでやめる」
「……いや、です……」
そうつぶやくと、ジゼルは両手でしっかりとそれを包み、今度は自身の腰を強く押し当てていった。
アランの雄はいきりたった先端から鋼のように硬直した幹まで、脈打ちをいっそう早めながら、桃色の襞にゆっくりと呑みこまれてゆく。
彼女が少し腰を動かすたびに、しとどに溢れる蜜が大きな音を立てて二人の身体にまとわりついた。
自分から男を堪能することにもずいぶん慣れているのか、
生まれながらの貴婦人然とした外見からは想像できないほど、ジゼルの腰使いは実に巧みで淫蕩だった。


「あ、ああ……すごい……奥まで、届いて、もう……」
「まったくだ。これほど、深く、……咥えこんで、恥じない人妻とは」
「ああ……おっしゃら、ないで……あぅ、ああっ……」
伯爵夫人はなんとか息をつこうとするかのように、しだいに動きを緩め、休止した。
しばらくはアランの首筋に顔を押し付けたままだったが、ふと視線を上げ、彼の顔を見上げた。
琥珀色の瞳は深い陶酔に染まりながらも、彼の褐色の双眸をのぞきこもうとしている。
「殿下」


瞳と同様に潤んだその声は、何かを訴えようとするかのように低くかすれて尾を引いた。
だがアランには、その訴求するところを考える余裕はなかった。
「望むままに、動かれよ」
「―――はい」
ジゼルは素直にうなずき、いっそう分かちがたく繋がろうとするかのように、両足の間に力を込めた。
きつく締めあげられる快感に、アランは思わず目を閉ざしながら手で口元を抑えた。
その反応をいとおしむように、ジゼルはいまや一切の抑制を抜き取り、細腰を上下になめらかに動かしはじめた。
「ああっ……あ、……殿下……こういうのは、お好き……?」
吐息そのもののような声でささやきながら、ジゼルは王太子の目を見つめ続けた。
だが、巧みすぎる摩擦から生じる差し迫った愉悦はむしろ、アランからことばらしいことばを奪った。
彼はひたすら、露骨な喘ぎをあげないように努めるほかなく、女の練達によって導かれる快感に圧倒されていた。
ついに、一度目はそうして果てた。
どこまでも手際のよいジゼルは、射精の直前と察するや自ら身体を離し、そのまま腹部に放出させた。


二度目はアランもいくらか余裕を取り戻し、ジゼルを仰向けに寝かせて、自分が攻める側に回ろうと試みた。
ジゼルは「優位になりたがる男」のあしらいにも慣れている女で、アランにもそれは感じ取れたが、
男をあしらいつつ彼女自身も存分に愉しんでいる、それを隠さないのが好ましかった。
仰向いたままアランの愛撫に身をゆだね、荒々しい挿入を受け入れながら、ジゼルは彼の首と腰に両の手足を回し、そっと組んだ。
男の動きの激しさが増すたび、ジゼルは貪欲に求め続けるかのように、手足をいっそうきつく締め直した。
「ああ……あっ!……ああっ……殿下、もっと……っ」
「……なんとも、慎みのない人妻だ……くっ……」
「でも、ほしいの……あ、ああっ、すごい……!」
「奥まで、届いたか……この、あたりか?」
「そう、もっと、もっと……おねがい……」


ジゼルは突き上げられるがまま、いまやほとんどアランの首筋にすがりつかんばかりにしていた。
悦楽に対する躊躇のないその素直さは、ほんの数刻前に彼女から示された無関心な態度とあいまって、アランの情欲をいっそう狂おしく駆り立てた。
たとえ泣き叫ばれようとも押さえつけて、このままこの女の深奥まで何度となく子種を放ってしまいたい、
という本能的な衝動に突き上げられたが、なんとか自制し、直前で自身を抜き取った。
ジゼルは息も絶え絶えな中でそれを見やると、いとおしそうに両手で包み、ふたたび自身の腹部を汚すままにさせた。






絹張の長椅子は、二人が並んで身を横たえられるぐらいには広かった。
「たのしかった」
互いの呼吸がようやく平らかになり、全身が気だるさに支配されてきたころ、アランはつぶやいた。
ジゼルは琥珀色の瞳を細めるだけで、何も言わなかった。
これまでに彼と情事をもった女たちがみなそうしたように、
わたくしも、と熱い吐息とともに身を寄せられるのを予期していたアランとしては、ややはぐらかされた思いだった。
「貴女には、物足りなかったか」
「いいえ」


ジゼルはそっと答えると身を起こし、アランに背中を向けて、身づくろいを始めようとした。
(一夜限り、のつもりでいるのか)
自分こそ戯れのつもりで始めたにもかかわらず、アランはふいに、焦燥に近い感情に駆られた。
若干のあいだ逡巡してから、とうとう、再会について自分から言及した。
彼にしてはきわめて珍しいことだった。
「―――よければ、また会いたい」
「まことに」
ジゼルは肩越しに振り向くと、少しだけ目を細めた。


問い返しとも独語ともつかぬその声もまた、決して気持ちがこもっているとはいえない調子であった。
だが、この女らしい、とアランは思うようになっていた。
この女らしさ、を好ましく思うようになってきた証でもあった。
「都に別邸は?宮殿に来ていただいてもいいが、貴女に不便でないほうを」
「別邸は、冬の間閉ざしておりましたの。殿下にお越しいただく前に、風通しをしなくては」
「そうか。ならば当面は宮殿のほうにしよう。
 次に都に来られるのは―――」
観劇の予定でもすり合わせるような調子で、事務的な相談が始まった。
扉の向こうでは、遊戯の場もそろそろ閉幕を迎えたのか、眠そうな滞在客の声がとぎれとぎれに流れていくのが聞こえてきた。







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